アンドレス・イニエスタ
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アンドレス・イニエスタ・ルハン(Andrés Iniesta Luján、1984年5月11日 - )は、スペインカスティーリャ・ラ・マンチャ州アルバセテ出身、リーガ・エスパニョーラのFCバルセロナに所属するサッカー選手。ポジションはMF。FCバルセロナカンテラからの叩き上げの選手の一人。
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[編集] 経歴
地元のアルバセテBPカンテラでプレーしていたが、12歳の時にバルサにスカウトされる。18歳でトップチームに昇格すると、そのままトップチームに定着した。先発出場は少ないがチームの貴重な戦力となっており、多くの試合で途中出場でチームに貢献する。
U-16・U-19スペイン代表で司令塔として活躍し、ヨーロッパ制覇の原動力となった。
更に2003年に行われたワールドユースでも、セルヒオ・ラモス、セルヒオ・ガルシアらと共にU-20スペイン代表の準優勝に貢献した。
イニエスタはペップ・グアルディオラの後継者として期待されており、そのペップから自らの後継者と認められた経験を持つシャビはイニエスタのファンである。 いずれペップ、シャビを超えるであろう存在として、「カンテラ最高傑作」と呼ばれる事もある。
2006年ドイツW杯のスペイン代表に選出されるが、突破が決まった後の一次リーグ3戦目のみの出場となり、不遇を託った。この大会で彼を投入すれば打開出来たであろう局面は多い。
[編集] プレイスタイル
卓越したテクニック、キープ力、パスセンスに加え瞬時の判断力もずば抜けており、どんな強固な守備組織であろうと彼を投入するだけで瞬く間に崩れ去ってしまう。若さならではのスタミナにも定評があり、ボディバランスが良く体の使い方も巧み。
中盤の全てのポジション、左右ウインガーとしてもプレイ出来るユーティリティ性も持っている。
[編集] エピソード
- グァルディオラはシャビに「じきにお前は俺を引退に追い込むだろうが、気をつけないと、今度はあの坊や(イニエスタ)がお前を引退に追い込むぞ。」と語っている。
- FCバルセロナのチーム内ではシウビーニョと共にいじられ役である。
- ジョン・カビラにイエニスタと言い間違えられた。
- チームメイトのエトオは常々ジダンを超える選手になると公言して憚らない。
[編集] クラブ
- 1996-2003 FCバルセロナ B(2部 B) 55試合 / 6得点
- 2003- FCバルセロナ 48試合 / 3得点
[編集] タイトル
- 2000-2001 U-16欧州選手権 - 優勝
- 2001-2002 U-19欧州選手権 - 優勝
- 2003-2003 FIFAワールドユース選手権 - 準優勝
- 2004-2005 リーガ・エスパニョーラ - 優勝
- 2005-2006 スペイン・スーパーカップ - 優勝
- 2005-2006 UEFAチャンピオンズリーグ - 優勝
FCバルセロナ - 2006-2007 |
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