ピーター・ゲード・クリステンセン
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ピーター・ゲード・クリステンセン(Peter Gade Christensen、1976年12月14日)はデンマークのバドミントン選手。
[編集] 概要
元々ダブルスの選手として世界ジュニア選手権などで優勝していたが、その後シングルスの選手にコンバートされてからは、一気に世界トップへ登りつめた。デンマークの国内大会で6度優勝しており、国内では無敵を誇る。
1997年のオープンでIBFトーナメント初優勝を飾り、同年に香港オープンで優勝した時点で、初めて世界ランキング1位となり、2000年のシドニー五輪直前までその地位を守った。しかし、前評判ではメダル確実と言われていた五輪では準決勝で敗退、さらに3位決定戦でも破れ、メダル無しの4位という屈辱を味わった。その後オーバーワークから膝を痛めてトーナメントから遠ざかり引退も囁かれたが、手術とリハビリによってこれを克服した。2002年のUSオープン優勝でカムバックし、その後も世界ランキング上位をキープしている。2006年トマス杯においても、デンマーク代表のエースとしてチームを引っ張り、決勝では惜しくも中国代表に敗れるものの(ゲード自身は中国代表のエース林丹に敗れる)、見事に準優勝に輝いている。中国やインドネシア等、アジアに強豪を多く有するバドミントン界にあって、それに対抗するヨーロッパ人選手の代表的存在である。
世界選手権や五輪での優勝経験がなく大舞台に弱いと言われているが、アテネ五輪優勝のタウフィック・ヒダヤットも最も手ごわい相手として彼の名前を挙げており、一目置かれている。 均整のとれた体系と甘いマスクから、自国をはじめヨーロッパや日本のバドミントンファンにも人気がある。
[編集] プレースタイル
シドニー五輪ごろまでは、183㎝の長身を生かしたスマッシュやドライブなどを多用する攻撃主体の選手だったが、ひざの怪我を経験したのち、元々得意だったネットショットやレシーブがさらに円熟味を増し、攻守ともに優れたオールラウンダーとなった。ネット前でのラケットさばきが独特である。
[編集] 外部リンク
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