第76親衛空挺師団 (ロシア空挺軍)
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第76親衛空挺師団(76-я гвардейская воздушно-десантная дивизия;略称76 гв.ВДД)は、ロシア空挺軍の師団の1つ。レニングラード軍管区内のプスコフに駐屯。「赤旗勲章」、名誉称号「チェルニゴフ」を有する。契約制(志願制)のモデル部隊となっており、公式ホームページも持っている。
師団のモットーは、「勝利の待つところなら、どこにでもいる」(Мы всюду там, где ждут победу)。
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[編集] 沿革
- 1939年9月1日:第74狙撃師団第221狙撃連隊に基づき、第76狙撃師団編成。独ソ戦開始まで、北カフカーズ軍管区。
- 1941年9月:オデッサ防衛の支援のために派遣。
- 1941年11月:ノヴォロシスクに帰還。黒海艦隊と共に、フェオドシア上陸作戦に参加。
- 1942年7月:ドン川流域でドイツ軍と戦闘。
- 1942年8月:アクサイ川北岸で戦闘。
- 1942年9月:第64軍の編成下において、ゴールナヤ・ポリャーナ-エルヒ線で防御。
- 1943年1月:スターリングラード戦線において、攻勢転移。その後、ブリャンスク戦線。
- 1943年7月:オカ川を渡河し、橋頭堡を確保。
- 1943年9月:チェルニゴフ市を解放。名誉称号「チェルニゴフ」を授与。
- 1944年7月:第1白ロシア戦線において、ブレストを包囲。
- 1945年1月:第2白ロシア戦線において、トルニ市を包囲。
- 1945年3月:3月23日、ツォポット市を占領し、バルト海に進出。3月25日、ダンツィヒに突入し、3月30日、敵を撃滅。
- 1945年4月:ロンドフ運河を渡河し、プレツラウ市を掃討。
- 1945年5月:5月2日、ギュストロフ市を占領。5月3日、カロフ及びビュッツォフ市を掃討し、連合軍と会合。終戦後、ドイツからカルーガ州キーロフ市に移動し、空挺師団に改編。
- 1947年春:プスコフ市に駐屯。
- 1979~1989年:アフガニスタンでの戦闘行動に参加。
- 1988~1992年:アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア、キルギス、沿バルト、沿ドニエストル、南北オセチアに投入。
- 1995年末:師団に基づき、独立空挺旅団編成。旧ユーゴスラビアにおいて、平和維持任務を遂行。
- 1994年~1995年:第1次チェチェン戦争に投入。
- 1999年8月~:連隊戦術群の編成において、ダゲスタン及びチェチェン共和国領内の不法武装部隊を掃討。
[編集] 編制
- 第104親衛パラシュート降下連隊
- 第234親衛パラシュート降下連隊
- 第1140親衛砲兵連隊
- 第165独立高射ミサイル大隊
- 第656独立工兵大隊
- 第728独立通信大隊
- 第7独立修理大隊
- 第242独立軍事輸送航空飛行隊
[編集] 歴代師団長
職名 | 就任年 | 氏名 | 階級 |
---|---|---|---|
師団長 | 1939年 - 1941年 | ワシーリー・グラゴレフ | 親衛大佐 |
師団長 | 1941年 - 1941年 | ドミトリー・トミロフ | 親衛大佐 |
師団長 | 1941年 - 1942年 | ドミトリー・クロパテンコ | 親衛大佐 |
師団長 | 1942年 - 1942年 | ドミトリー・トミロフ | 親衛大佐 |
師団長 | 1942年 - 1942年 | ヤコフ・シュテイマン | 親衛大佐 |
師団長 | 1942年 - 1942年 | ドミトリー・クロパテンコ | 親衛大佐 |
師団長 | 1942年 - 1948年 | アレクサンドル・キルサノフ | 親衛少将 |
師団長 | 1948年 - 1950年 | ワシーリー・マルゲロフ | 親衛少将 |
師団長 | 1950年 - 1953年 | ミハイル・エンシン | 親衛少将 |
師団長 | 1953年 - 1955年 | グリゴりー・ホーロド | 親衛大佐 |
師団長 | 1955年 - 1957年 | ニコライ・ザハロフ | 親衛少将 |
師団長 | 1957年 - 1959年 | アンドレイ・エヴダン | 親衛少将 |
師団長 | 1959年 - 1962年 | アナトーリー・ポルシュキン | 親衛大佐 |
師団長 | 1962年 - 1968年 | ヴィクトル・オメトフ | 親衛少将 |
師団長 | 1968年 - 1971年 | ワレンチン・コストゥイレフ | 親衛少将 |
師団長 | 1971年 - 1976年 | レオニード・クジメンコ | 親衛少将 |
師団長 | 1976年 - 1979年 | グリゴリー・オニシチェンコ | 親衛少将 |
師団長 | 1979年 - 1981年 | アリベルト・スリュサリ | 親衛少将 |
師団長 | 1981年 - 1983年 | ユーリー・ムラヴィエフ | 親衛大佐 |
師団長 | 1983年 - 1986年 | ゲオルギー・シュパク | 親衛少将 |
師団長 | 1986年 - 1990年 | ヴャチェスラフ・ハリロフ | 親衛少将 |
師団長 | 1990年 - 1992年 | ユーリー・ソセドフ | 親衛少将 |
師団長 | 1992年 - 1995年 | イワン・バビチェフ | 親衛少将 |
師団長 | 1995年 - 1996年 | アレクサンドル・ポポフ | 親衛少将 |
師団長 | 1996年 - 2005年 | スタニスラフ・セメニュタ | 親衛少将 |
師団長 | 2005年 - | アレクサンドル・コルパチェンコ | 親衛少将 |
[編集] 外部リンク
- 第76親衛空挺師団公式サイト(ロシア語)
- ロシア空挺軍非公式サイト(ロシア語)