葉緑素
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
葉緑素(ようりょくそ)は、光合成の明反応で光エネルギーを吸収するための物質でクロロフィルとも呼ばれる。基本構造は、中心にマグネシウムの配位したテトラピロール環に長鎖アルコールが結合したものである(図参照)。ただし一般的には、マグネシウムを配位したポルフィリン環に長鎖アルコールが結合したものと説明されることが多い。
目次 |
[編集] 種類
酸素発生型の光合成を行う生物(植物およびシアノバクテリア)が持つものはクロロフィルと呼ばれ、酸素非発生型の光合成を行う生物(光合成細菌)が持つものをバクテリオクロロフィルと呼ぶ。以後、クロロフィル(類)とバクテリオクロロフィル(類)を包含する語としても「クロロフィル類」を用いるが、特に注意が必要な場合は「広義のクロロフィル類」を用いることとする。広義のクロロフィル類の名称はテトラピロール環に付加した官能基によって分類され、発見された順にアルファベットを付加したものとなっている。天然で検出されている物を以下に示す。
- クロロフィル類
- クロロフィル a、クロロフィル b、クロロフィル c、クロロフィル d
- バクテリオクロロフィル類
- バクテリオクロロフィル a、バクテリオクロロフィル b、バクテリオクロロフィル c、バクテリオクロロフィル d、バクテリオクロロフィル e、バクテリオクロロフィル f、バクテリオクロロフィル g
(バクテリオ)クロロフィル c では更にクロロフィル c1、c2、c3 と分けられ、未だ何種類存在するかはっきりしていない。
[編集] 構造
冒頭で記述があるとおり、一般的な説明としては「クロロフィルはポルフィリン環の中心にマグネシウムイオンが存在している」とされる。厳密にはクロロフィル類で用いられている環状構造部分は、ポルフィリンのみではなくクロリン、バクテリオクロリンも用いられているため、テトラピロール環と呼ぶべきである。この三種の環構造分子の差異は第一象現および第三象現の(B環、D環と呼ばれる)ピロール環における不飽和状態のみである。B、D環共に飽和化を受けていないものがポルフィリン、D環のみ飽和化を受けたものがクロリン、B、D環共に飽和化を受けたものがバクテリオクロリンである。この違いは環構造上の共役二重結合の長さや電子密度に変化を与え、結果として基本となる吸収波長に差をもたらす。以下に環構造別の分類を示す。
- ポルフィリン環
- クロロフィルc
- クロリン環
- クロロフィルa、クロロフィルb、クロロフィルd
- バクテリオクロロフィルc、バクテリオクロロフィルd、バクテリオクロロフィルe、バクテリオクロロフィルf
- バクテリオクロリン環
- バクテリオクロロフィルa、バクテリオクロロフィルb、バクテリオクロロフィルg
環状構造部分は付加される官能基が親水性であるものが多いことから比較的親水性である一方、長鎖アルコール部分は疎水性である。生体からの抽出に関して言えば水では抽出できないが、メタノールやエタノールでの抽出はできる。乾固されたものは粉末状でありメタノールやエタノールのみならずアセトンやジエチルエーテルでも溶解可能である。文献などに記載されている吸収波長はジエチルエーテル、アセトン、メタノールなどに溶解されたものであることが多い。
[編集] 光の吸収
葉緑素の名が示す通り、色調の差は有るものの緑色に見える物がほとんどであるが、これは青色周辺(450nm付近)と赤色周辺(700nm付近)の二箇所に吸収帯(吸収極大)を持つためである。青色周辺の吸収帯はBバンド(もしくはソーレー帯)と、赤色周辺の吸収帯はQバンドと呼ばれることもある。
単独の分子としてみた場合、光の吸収に関与しているのは図でピンク色に示した環状構造部位である。 吸収波長域は、基本構造であるテトラピロール環の種類によって大まかに決定されるが、付加している官能基によって引き起こされる電子密度の変化や構造のゆがみによって吸収帯の遷移が起こり、種類によって特有のものとなる。
溶媒中での吸収スペクトルは、使用した溶媒との相互作用によって官能基や電子密度、構造のゆがみの変化引き起こされるため、溶媒の種類によって吸収極大の遷移が発生する。つまり、文献などで示されている吸収スペクトルを比較対象として用いる場合には、溶媒を同じ物にするなどの注意が必要である。
生体内でのクロロフィル類は、たんぱく質と結合して光合成に関与しており、結合するたんぱく質によって吸収する波長は変化する。これは、結合に関与する官能基やアミノ酸残基によって構造のゆがみ等が起こることによる。 たとえば酸素発生型光合成系において反応中心色素として用いられるのはクロロフィルa のみであるが、NADPH合成に関与する光化学系I複合体では700nmの波長の光を吸光し、水の光分解に関与する光化学系II複合体では680nmの波長の光を吸光する。シアノバクテリアを除く光合成原核生物では反応中心色素としてバクテリオクロロフィルa が用いられているが、光化学複合体としての吸収は種によって異なり750-850nmである。植物では葉緑体のチラコイドに多く存在する。
[編集] 備考
クロロフィル a は化学式MgC50N4H33O5、分子量794.5で緑色。クロロフィル b は化学式MgC50N4H31O6、分子量808.4で黄色。