ザ・グレート・サスケ
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ザ・グレート・サスケ | |
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プロフィール | |
リングネーム | ザ・グレート・サスケ SASUKE サス原人 MASAみちのく |
本名 | 村川政徳 |
ニックネーム | 東北の英雄 |
身長 | 180cm |
体重 | 90kg |
誕生日 | 1969年7月18日 |
出身地 | 岩手県盛岡市 |
所属 | みちのくプロレス |
スポーツ歴 | 器械体操 |
トレーナー | 山本小鉄 グラン浜田 |
デビュー | 1990年3月1日 |
ザ・グレート・サスケ(1969年7月18日 - )はみちのくプロレス所属のジュニア・ヘビー級のプロレスラーで覆面レスラーである。岩手県議会議員も務める。岩手県出身。岩手県立盛岡第三高等学校卒。本名は村川 政徳(むらかわ まさのり)。身長は180cmとプロフィールでは発表されているが、170cm程度と見る意見もある。東北の英雄、みちのくの星などのニックネームを持つ。歌舞伎の隈取りをモチーフとしたマスクを着用しており、普段は赤い隈取りだがヒール転向時は青い隈取りのマスクを着用しSASUKEと名乗る。
目次 |
プロレスラーとしての経歴
新日本プロレス学校で修業した後、本名の村川政範で1990年3月1日、ユニバーサル・プロレスリングから後楽園ホールのモンキーマジック・ワキタ戦でデビューした。その後、リングネームをMASAみちのくとする。当時は覆面をつけないレスラーであったが、その後メキシコに遠征、多くのレスラーが覆面を着用している様子を見て、1992年8月の帰国を機に現在の名前を名乗る覆面レスラーとなった。
ユニバーサル・プロレス消滅後、1993年3月、東北地方に密着した興行を行う地域密着型プロレス、みちのくプロレスを旗揚げする。自ら所属レスラーとして精力的にリングに上ると同時に、みちのくプロレス株式会社代表取締役社長を2003年まで務めた。現在は同社の取締役会長。本人の発言によれば、経営者としての職務中も、入浴など私生活においても、一切覆面は外していない。これまでに1万枚以上を消費したという。
1994年新日本プロレス主催のスーパーJカップに出場。当時30団体以上あったインディー団体のうちのひとつでしかなく、活動を東北に限定していた「みちのくプロレス」などマニア以外誰も知らないほど全く無名であり、ノーマークだったグレート・サスケだが、準決勝にて、当時ジュニアの頂点に立っていた獣神サンダー・ライガーからフォールを奪い大金星。試合中にはその動きは観客の失笑を買うほどの目で見られていた存在であったが、ライガーに勝ち、準優勝したサスケとみちのくプロレスは一躍全国区の人気を得、トップレスラーとなった。この一戦がサスケ、そしてみちのくプロレスの未来に大きな影響を与えたことは間違いない。その後1996年4月、ライガーを再び破って日本ジュニアヘビー界の最高峰IWGPジュニアヘビー級王座(新日本)を獲得。同年8月に各団体代表によるジュニア8冠統一トーナメント(J-CROWN)において、決勝で頭蓋骨骨折の重傷を負いながらもウルティモ・ドラゴンを破って初代8冠王者に輝き、日本ジュニアマット界の頂点を極めた。
得意技
- トペ・コンヒーロ
- 基本的に場外で立っている相手に対し、リング上から、自ら相手がいるリング下と逆の方向のロープに飛び、その反動を利用して走り込んでロープをジャンプして一回転しながら飛び越え頭からぶち当たる技である。
しかしジュニア8冠統一トーナメント決勝戦(J-CROWN)においてウルティモ・ドラゴンに対し、コーナーポストの最上段からリング下に立っているドラゴンに無謀にもこの技を試みた。ドラゴンはサスケの頭部の直撃を避け、体ごとリング下にサスケを叩きつけるかっこうとなったが、サスケからしてみれば、リング下に雪崩式のパワーボムを受けたのと何ら変わりないことであり、実際この行為により頭蓋骨亀裂骨折及び脳挫傷の重傷を負ってしまった。
- ラ・ケブラーダ
- 場外へ向かってのムーンサルトプレス。
- ノータッチ・トペ・コンヒーロ
- 場外にいる相手へ向かってリング上を走ってトップロープを飛び越え、空中で前方に一回転しながら相手にぶつかっていく飛び技。最近は体重が増えたためかサスケスペシャルI・IIとともに全く使わない。
- ブファドーラ
- ロープに振られた際、セカンドロープに足をかけてカウンターのムーンサルトアタックを浴びせていく飛び技。
- ライダーキック
- 場外に向かって片足で飛び蹴りを食らわせていく技。
- サスケスペシャルI
- 相手を場外へ落とし、逆側のロープで反動をつけ、ロンダート(半捻り側方倒立回転)で相手のいるロープの前に背中を向けて立ち、その勢いのままトップロープを背面飛びで飛び越えて回転しながら場外の相手にぶつかっていく変形のケブラーダ。
- サスケスペシャルII
- サスケスペシャルIと同じようにロンダートでロープの前に背中を向けて立ち、その勢いでロープを飛び越える際に体を捻って前方宙返りのように回転しながら相手にぶつかっていく変形のトペ・コンヒーロ。
- サスケスペシャルXver10.2セグウェイ(物まね禁止)
- コーナーポストからダウンした相手の肩へライダーキック。
- サンダーファイヤーパワーボム
- パワーボムの要領で抱え上げる際、相手の両足を自分の片方の肩口から落とすようにして背中合わせに担ぎ上げ、相手の両脇を両手で抱えて十字のように固定し、そのまま相手を前方に投げ捨てる技。大仁田厚のフィニッシュホールドを受け継いだもの。
- セントーン・アトミコ
- コーナーポストの上に立ち、両手をリングの中央に寝てる相手に向かって突き出し、その後前方に回転しながら背中から落ちていく飛び技。成功率が低い。
- セントーン・レベルサ
- コーナーポストの上に後ろ向きに立ち、リングの中央に寝てる相手に向かって、後ろ向きに450度回転しながら背中から落ちていく飛び技。成功率が非常に低く、これで後頭部を打って試合中に失神し何度もピンチに陥ったことがある。
- マッハ!!!!
- 内出血が凝固したことによって硬質化したエルボー攻撃。まさに肉体凶器である。名前は当時サスケが見た映画から。
タイトル履歴
- インディペンデンドワールドジュニアヘビー級王座
- IWGPジュニア・タッグ王座 : 1回 (&獣神サンダーライガー)
- WWF世界ライトヘビー級王座 : 2回(うち1回はジュニア8冠王座として)
- UWA/UWF ICタッグ王座 : 1回
- 英連邦ジュニアヘビー級王座 : 2回(うち1回はジュニア8冠王座として)
- 東北ジュニアヘビー級王座 : 2回
- 東北タッグ王座
以下は初代ジュニア8冠王座として戴冠
- IWGPジュニア・ヘビー級王座
- NWA 世界ジュニアヘビー級王座
- NWA 世界ウェルター級王座
- UWA 世界ジュニアライトヘビー級王座
- WWF 世界ライトヘビー級王座
- WWA 世界ジュニアライトヘビー級王座
- 英連邦ジュニアヘビー級王座
- WARインターナショナル・ジュニアヘビー級王座
その他
- 県議としての覆面着用問題
2003年に岩手県議会議員選挙に出馬、ザ・グレート・サスケの登録名、かつ覆面姿で選挙活動を行い、4月13日トップ当選した。本人は覆面をつけたまま議会に出席することを公約した上での当選であったが、翌14日に増田寛也岩手県知事が覆面を外すべきとの発言をしたため、ニューヨークタイムズが写真付きで報じるなど、大きな話題となった。増田知事は覆面を容認しない理由として「顔が隠れるため表情を有権者が読みとれず、政治家としての活動について評価することができない」点を挙げたため、サスケはそれまで着用していたマスクに比べ大幅に顔の露出部分を増やした特注品を作成し、対応した。報道が過熱する一方で増田知事はこの対応を受け入れ、覆面での登院を容認した。しかし、岩手県議会では一部党派が覆面着用は「議会の品位を損なう」ものだとして問題視し、「議場での覆面着用禁止の会議規則改正案」を提出した。2ヶ月に渡って状況は混乱したが、2003年6月25日、本会議で同法案は記名投票(可否同数)のうえ同議会55年ぶりの議長決裁で否決、覆面着用が容認されることになった。
- 政務調査費私用疑惑
2005年7月には、前年10月、公務とは関係のない興行先のプロレス会場までの新幹線運賃に、議員に交付される政務調査費を当てた疑惑が浮上した。当人は新幹線の混み具合を調査する公務であると主張したが、TBSがこの公務の調査について実証し、インターネットでわずか数分で同様の公務が完了できることが判明した。
外部リンク
- ザ・グレート・サスケ(所属芸能プロダクション アルファ・ジャパンプロモーション内)
- みちのくプロレス