タッピング奏法
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タッピング奏法はエレクトリックギターやエレクトリックベースの奏法の一つ。ピッキングに使用する手で、フィンガーボード(指板)上の弦を叩き付けたりそのまま横に弾いたりして音を出す。
ロック(特にハードロック、ヘビー・メタル)に於いて広く用いられているが、ロック専門のテクニックというわけではない。
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[編集] 歴史
[編集] ハンマリング・オンとプリング・オフ
元々ギターにはクラシックギターからの奏法として、弦をフレット若しくは指板に叩き突けるように勢い良く押下する事で発音させるハンマリング・オン、押弦している指を弦に引っ掻けるようにして離脱させる事で発音させるプリング・オフの二つの奏法が存在した。(なお、バイオリン、チェロ、ビオラ、コントラバス等の他の弦楽器に於いてもハンマリング・オン、プリング・オフ、トリルは用いられるので必ずしもギターに特化した技法ではないが、擦弦楽器では弓で振動を与え続けているため厳密なプリング・オフの必要がないことも多い)。
この二者は間断なく繰り返す事でトリル奏法が成立する。
一般的にトリルとハンマリング・オン、プリング・オフは別個のものであるかのように思われている節がある(事実、関連性を指摘しない記載のギター教則本も少なくない)が、上述のように原理的に同じものである。区別する必然性があるのは、ハンマリング・オンとプリング・オフを繰り返さない場合(つまりトリルではない場合)もあるので、フレーズの流れの中での便宜上の区別であろう。
[編集] ライトハンド奏法
エドワード・ヴァン・ヘイレン登場当時はいわゆる「ライトハンド奏法」として華々しくギター雑誌等で紹介されたので、「ライトハンド奏法」はヴァン・ヘイレン(Van Halen)のエドワード・ヴァン・ヘイレン(Edward Van Halen)が作った奏法という説が広く流布してしまっているが、それ以前にジェネシス(Genesis)のスティーヴ・ハケット(Steve Hackett)が既にタッピングによる奏法を行っていたし、クイーン(Queen)のブライアン・メイ(Brian May)も右手でハーモニクス・ポイントに触れて倍音を出すタッチ・ハーモニクス奏法と併せて行なっていた(*2)り、ゴング(Gong)時代からアラン・ホールズワース(Allan Holdsworth)も行なっていた。エレクトリック・ベースにおいても、ビリー・シーンはタラスに在籍していた時代から既に行っていた。エドワード・ヴァン・ヘイレンはアラン・ホールズワースのフォロワーであったし、時期的にもスティーヴ・ハケット、ブライアン・メイ、アラン・ホールズワースが音楽活動をし始めたのが多少前後はあるが1970年代初頭、ヴァン・ヘイレンがデビューするのが1970年代中盤であるので、アラン・ホールズワースからインスパイアされたものをエドワード・ヴァン・ヘイレンがロック的で派手な奏法として徹底的に進化させたのだと考えるのが妥当であろう。その中には、一つの楽曲内でより連続した音符や音階で演奏、間奏において長時間行った、その奏法の為の楽曲も作り上げたという意味合いはある。1970年代に於いて、ロックギタリストに対するより派手な印象を、聴く者に与えたなどの功績はあったといえる。
左手とともに右手も押弦に使用することは誰でも思い付き得ることで、以前に誰かが思い付いて実行していたと考えてもよい。ライトハンド奏法が独立した奏法として扱われるに至った理由はいくつか考えられる。主なものは弦の太さとディストーション・サウンドの普及である。
エレクトリックギターに於いてはライトゲージと呼ばれる細めの弦が好んで用いられる。ジミー・ヘンドリックス、エリック・クラプトン登場以来ロック・ギターに於いてはチョーキングを多用するのが当たり前となったことで、よりチョーキングのしやすい細い弦が好まれるようになっていたのだと考えられる。実際、今でもチョーキングをあまりしないオーソドックスなジャズ・ミュージシャンの多くは太いゲージの弦を使っている。これは、歪ませないギター・サウンドに於いてはその方がコードバッキングの際にリッチなサウンドになるからである。一方、フォークギターやクラシックギターは太い弦を用いるのが普通であり、特にフォークギターは張力も強いため、指板上で指を叩き付ける程度の力では大きな音を出しにくい。
また同じくジミー・ヘンドリックス、エリック・クラプトンらによって「ロック・ギター=ディストーション・サウンド」という定式が確立された事も影響していると思われる。強く歪ませると小さな音でも拾われやすいため、ピッキングとハンマリング・プリングの音量差が出にくくなり、奏法として使いやすくなる。
ただ改めて記すると、エドワード・ヴァン・ヘイレン以前のものは、明らかに「ピッキングによるハッキリしたアタック音を避けて柔らかい、または優しい音色を出したい意図」で用いられていたのが殆どだった(唯一の例外と云って良いのがスティーヴ・ハケットで、彼のものはその後のシンセ・サウンドを先取りしていたと言える自然界には存在しない特殊音的アプローチであった)。 これを「より攻撃的」で「より現代的」な音色提示手法として、またステージ・パフォーマンスの栄える(ロック的)奏法として強くアピールした用い方をしたのはエドワード・ヴァン・ヘイレンが元祖であると特筆しておくべきであろう。 また、音楽シンセサイザーの登場に拠り、輪郭のクッキリしたリリース音の長い持続性のある音色が「斬新なサウンド」と受け取られる時代であった事も「ライトハンド奏法」の成立に大きく寄与しているものと考えられる。
なお、左利きの奏者が(楽器を右利き用とは逆に構えて)行う際に半ば冗談で「レフトハンド奏法」と称されることがあるが、奏法としては同じものである。
- 2:「タッチ・ハーモニクス奏法」もエドワード・ヴァン・ヘイレンの発明とされるのは虚偽である。 ブライアン・メイの場合、年代、交友関係から考えてスティーブ・ハケットが右手も使っているのを見て参考にしたものと思われる。