マズダク教
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マズダク教とは、5世紀末から6世紀にかけてサーサーン朝ペルシャ(現在のイラン)に起こった宗教である。
当時の主流であったゾロアスター教を批判しつつ禁欲や平等を説いた。開祖のマズダクはゾロアスター教の僧侶であったがマニ教の影響も受けていたとされる。マズダク教は、カワード(クバード)王(488-531年)により、貴族の政治勢力に対抗するための、政治的手段として、当初国王の支持のもとにあった。カワードは、即位前、エフタルに人質に出されていたため、ペルシア国内の政治的基盤がもろかったためである。しかし、国王の意図を超えて社会運動として広まりを見せ、財産や女性の共有などを説いたため、社会が混乱に陥った。即位前のホスロー(1世)がこれを徹底的に弾圧し、社会秩序を再建した。しかし、マズダク教は絶滅したわけではなく、イスラム期に入ってからも、780年頃に中央アジアで勃発した反イスラム反乱たる、ムカンナの反乱のイデオロギーとして復活している。
サーサーン朝によって宗教弾圧に遭った。