ロード・ウォリアーズ
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ロード・ウォリアーズ(The Road Warriors)は、アメリカのプロレスラーであるホーク・ウォリアーとアニマル・ウォリアーによって結成されたプロレスのタッグチームのユニット名。
同様のタッグチームでリージョン・オブ・ドゥーム(Legion of DoomまたはLOD2000)のユニット名でも活動した。入場テーマ曲はブラック・サバスの『IRON MAN』。
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[編集] 概説
それぞれ「クラッシャー・ボン・ヘイグ」「ジョー・ロウリネイティ」のリングネームでプロレスデビューしていたマイケル・ヘグストランドとジョセフ・ロウリネイティスは、1983年に先輩プロレスラーであるポール・エラリングをマネージャーに迎えてタッグチームを結成した。
マイケルとジョセフはリングネームをそれぞれホーク・ウォリアー、アニマル・ウォリアーとし、タッグのユニット名は1981年に公開された映画『マッドマックス2』Mad Max 2:The Road Warriorの世界観からザ・ロード・ウォリアーズと名付けられ、外見のイメージも『マッドマックス2』の荒くれ者を踏襲した。
初来日時には「シカゴで用心棒をしていた」、「貧困の時代にはネズミを食べていた」と宣伝された。
二人とも顔にペインティングを施し、頭髪をアニマルは「モヒカン刈り」ホークはそれと対を成すように「逆モヒカン刈り」にした。リングへ入場する際には、アメフトのプロテクターに巨大な棘の付いたものを着用し外見上は悪役レスラーを彷彿とさせたが、ファイトスタイル自体は正統なもので、今までに無いヒールとベビーフェイスの融合に成功した。
ロード・ウォリアーズは1983年6月6日に地元シカゴで行われたデビュー戦でいきなりNWAナショナル・タッグ王座を獲得した後、AWAとWCWのリングにも上がり、日本では全日本プロレス、新日本プロレスに参戦した。WWF(現WWE)に参戦した時はリージョン・オブ・ドゥームを名乗った(WWEに「ロード・ウォリアーズ」の名称権を奪われるのを嫌ったため)。アニマルの途中欠場や解散・再結成の紆余曲折を経て、いずれのリングでも大活躍したが2003年にホーク・ウォリアーが急死したため、事実上の解散となった。
その後アニマル・ウォリアーはロード・ウォリアー・アニマルとなり、2005年にハイデンライクと「ニュー・リージョン・オブ・ドゥーム」を結成してWWEタッグ王座を獲得した。
[編集] 日本での活躍
ロード・ウォリアーズは全日本プロレス「激闘!エキサイティング・ウォーズ」に参戦するため1985年3月に初来日し「暴走戦士」の異名で衝撃的なデビューを飾って以降、全日マットを主戦場として大暴れした。ジャンボ鶴田・天龍源一郎・谷津嘉章らを相手に戦ったが、当時としては珍しい「秒殺」といえる程の短時間で勝負を決めたり、劣勢に追い込まれそうになると勝敗を度外視して暴走し、やりたい放題でリングを後にする事も珍しくなかった。
1996年4月には新日本プロレスに参戦し、アニマルが欠場中にホークが「ヘルレイザーズ」としてタッグを組んでいたパワー・ウォリアーと合体して「トリプル・ウォリアーズ」を名乗った。
余談だが漫画『北斗の拳』には、ロード・ウォリアーズをモデルにしたと思われるハズとギルのハーン兄弟が登場している。賞金稼ぎのアインに捕らえられ首から下をコンクリートで固められた上に、頭に水滴を垂らし続ける拷問にもビクともしない強靭な身体の持ち主として描かれている。
[編集] 年表
- 1983年6月6日 「ロード・ウォリアーズ」シカゴでデビュー。NWAナショナル・タッグ王座を獲得。
- 1984年8月 AWA世界タッグ王座を獲得。
- 1985年3月 全日本プロレスに参戦するため初来日。
- 1987年3月 鶴田&天龍組を破ってインタータッグ王座を獲得。
- 1988年10月 NWA世界タッグ王座を獲得。
- 1990年7月 新日本プロレスに初参戦。WWFに移籍しリージョン・オブ・ドゥームを名乗る。
- 1991年5月26日 ニューヨーク・MSGでナスティ・ボーイズを破り、WWFタッグ王者となる。
- 1992年9月 解散を表明。
- この間アニマルが負傷欠場。ホークとパワーによるヘルレイザーズ結成。
- 1996年1月 アニマルが復帰。WCWに移籍して再結成。
- 1996年4月 新日本プロレスに参戦。パワー・ウォリアーと共にトリプル・ウォリアーズを名乗り、スタイナー・ブラザース&スコット・ノートン組を破る。
- 1997年2月 WWFに復帰してLOD2000(リ-ジョン・オブ・ドゥーム2000)を名乗る。
- 2001年1月 WCWに復帰するが3月にWCWが崩壊しWWEに吸収合併。
- 2003年5月12日 WWE「Monday Night RAW」に最後の登場。
- 2003年10月19日 ホーク・ウォリアー急死。事実上の解散。
- 2005年7月24日 WWE「グレート・アメリカン・バッシュ」でニュー・リージョン・オブ・ドゥームがWWEタッグ王座を獲得。
[編集] 獲得タイトル
- NWAナショナル・タッグ王座
- AWA世界タッグ王座
- インタータッグ王座
- NWA世界タッグ王座
- WWF世界タッグ王座
- WWEタッグ王座
[編集] 偽ロード・ウォリアーズ
NWAでのウォリアーズの活躍に肖り、WWFを始め他団体でもウォリアーズを真似たギミックのタッグチームがいくつか誕生した。
- デモリッションズ
- アックス・デモリッション(マスクド・スーパースターとして知られるビル・イーディ)とスマッシュ・デモリッション(クラッシャー・クルスチェフ、リポマンなどで知られるバリー・ダーソウ)のコンビ。後にアックスに替わりクラッシュ・デモリッション(ブライアン・アダムス)が加入。当初は下記のパワーズ・オブ・ペインなどと抗争を繰り広げるベビーフェイスだったが、ウォリアーズがWWFに移籍するとそのライバルとして抗争を繰り広げた。
- パワーズ・オブ・ペイン
- バーバリアン(大相撲出身のコンガ・ザ・バーバリアン)とウォーロードのコンビ。上記のデモリッションズのライバルとして活動するが、本家ウォリアーズがWWFに移籍してくると徐々にフェイドアウト。
[編集] 外部リンク
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