京阪鴨東線
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鴨東線(おうとうせん)は、京都府京都市東山区の三条駅から同市左京区の出町柳駅までを結ぶ京阪電気鉄道の鉄道路線。
路線名は鴨川の東岸を走行することから。京阪本線の延長線として鴨川沿いの川端通の地下に建設され、全線が地下線となっている。また、開業当初から建設費償還の為に60円の加算運賃が同線区間利用時に設定されており、鴨東線内各駅(三条駅から出町柳駅方面も含む)からの初乗り運賃は、2006年現在210円と京阪本線の初乗り運賃より高くなっている。
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[編集] 路線データ
[編集] 運行形態
京阪本線と一体的に運行されており、全て大阪淀屋橋方面へ直通する。早朝の三条発出町柳行き平日2本・土休日1本を除き鴨東線内だけで運行される列車はない。特急が平日昼間・休日終日、2006年4月16日の改正から普通が終日、K特急・急行と数本の準急が昼間以外の時間帯(K特急は平日のみ)に運転されている。唯一の途中駅である丸太町駅にはK特急・特急以外の種別の列車が停車する。
各列車種別毎の停車駅は京阪本線を参照のこと。
[編集] 歴史
当線の免許は1924年(大正13年)に京福電鉄の前身である京都電燈が取得していた。京都電燈は1925年に叡山平坦線(現在の叡山電鉄叡山本線)を開業させたが、鴨東線については京都市電と平面交差することになることや景観の問題から地上に作ることができず、また、京福電鉄の経済的な事情から地下鉄として建設することもできず、なかなか着工されなかった。このため長らく「幻の路線」と呼ばれた。
京阪本線の京都地下線の建設が具体化するのにあわせ、1972年に京阪電鉄が中心となって鴨川電気鉄道が設立され、鉄建公団方式でようやく着工された(近鉄東大阪線(現・近鉄けいはんな線の生駒駅以東)と全く同じ手法である)。1989年に京阪電鉄が鴨川電鉄を合併し、同年京阪鴨東線として開業した。当初は出町柳駅から叡山電鉄叡山本線(1986年、京福電鉄から叡山電鉄に分離譲渡)と直通運転する構想であったが、車両規格や輸送力の差が大きすぎるが為に実現しなかった。
鴨東線開業の効果は大きく、沿線の通勤客のみならず、出町柳駅近くに立地する京都大学や同志社大学などへの通学が大幅に便利になって定期客が増加したり、乗客の減少で青息吐息であった叡山電鉄が一気に乗客を取り戻すなど大きく貢献している。その後も比較的順調に推移しており、建設費の償還は予定通り進んでいるようである。
[編集] 駅一覧
[編集] 接続路線
- 三条駅:京阪本線・京都市営地下鉄東西線(三条京阪駅)
- 出町柳駅:叡山電鉄叡山本線