味覚
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味覚(みかく)とは動物の五感の一つで、口にする物の化学的特性に応じで認識される感覚である。その受容器は、ヒトの場合、おもに舌にある。この生理学的な味覚が他の要素(嗅覚、視覚、記憶など)で拡張された知覚心理学的な感覚としての"味"は、風味(ふうみ、flavour)と呼ばれることが多い。甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つを基本味という。
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[編集] 味覚の生理学
味覚は、嗅覚と同様に、主に化学受容体に物質が結合することで検出される。嗅覚との差は、離れて感じるか、触れて感じるかの差である。舌に多く存在する味蕾は味覚受容体細胞と支持細胞から形成されており、化学受容体は味覚受容体細胞の先端(味蕾の味孔と呼ばれる開口部から突出している部分)に分布する。
味覚受容体細胞の分布は動物の種によって異なり、ヒトの場合は主に舌で、軟口蓋(口の奥の上面)、喉頭蓋、および食道上部内面、すなわち口と喉に広く分布する。例えばナマズは体表全域に味覚受容体細胞が分布している。ヒトの舌では味蕾は舌乳頭上に存在し、舌乳頭には茸状乳頭(舌の前部に多い)、葉状乳頭(舌の両側部に多い、成人では退化)、有郭乳頭(舌扁桃前方の舌の奥に分布)などの形状分類がある。組織・構造については舌の項に詳しい。なお、無脊椎動物では口から離れた場所にある例もある。チョウでは、前足に接触性の化学物質受容器があり、強いて言えばあしであじわうわけである。
[編集] 味覚の受容体
味覚受容体細胞は複数の化学物質刺激に対して膜電位が活性化され、その強度は化学物質によって異なる。1つの味覚受容体細胞に対して複数の神経がシナプス接合している。受容体細胞側では膜電位が伝達されると、Ca2+チャネルの働きにより、セロトニン(5-HT)がシナプス間隙に放出され、神経に刺激が伝達される。
味覚の刺激量と感覚の強度との関係は、他の感覚と同様で、刺激量のべき乗に比例して感覚の強度が大きくなる。一方、味覚の種類によって最小感度(閾値)と強度応答は異なる。一般に苦味が最も感度が高く、塩味、酸味、甘味と続く。また、苦味と塩味は応答範囲が広いが、酸味、甘味は狭く、特にショ糖による甘味は高濃度で応答が飽和する。また同種の味を持つ物質であってもキニーネとカフェイン、ショ糖とサッカリンとでは閾値は異なる。
あるいは濃度により味が変わる場合もあり、サッカリンは低濃度では甘味を感じるが、(閾値が低く、低濃度から感じて良い筈の)苦味は高濃度で初めて感じる。味覚の間の交差も良く知られた現象で、塩味は甘味を増強する。一方、味覚を変化させる物質も知られており、ギムネマ酸とミラクリンを挙げる。
キムネマ酸はインドで自生するギムネマ・シルベスタの葉に含まれており、これを食べた後ではショ糖の甘味を感じなくなる。これは、甘味受容体に対するショ糖の結合をキムネマ酸が競合阻害していると考えられている。
ミラクリンはアフリカで自生するミラクル・フルーツ(リカデッラ・ドゥルフィカ)の実に含まれており、これを食べると酸味は消失し甘味として感じられるようになる。これはミラクリンが酸味受容体を抑制すると同時に甘味受容体の特異性を変化させる為と考えられている。
[編集] 味覚の神経系
味覚神経は一次感覚ニューロンが直接中枢神経に伝達する(嗅覚神経は、二次感覚ニューロンも介す)。具体的には舌の前2/3に分布する茸状乳頭の味覚受容体細胞は顔面神経(鼓索神経)を介し、舌の後ろ1/3に分布する葉状乳頭・有郭乳頭上は舌咽神経を介して、喉頭あるいは食道は迷走神経を介して延髄に連絡する。また舌触りなど化学受容体を介さない味覚刺激は三叉神経も介する。
一次感覚ニューロンは延髄の弧束核を経て、視床の後内側腹側核(VPN核)を経由して広義の大脳皮質味覚野に伝達される(具体的にはVPN核からは、大脳皮質43・11・3野への連絡が知られている。なお、11野はにおいの識別センターでもある)。
[編集] 味覚の種類
従来、基本的な味として挙げられたものには甘味、酸味、塩味、苦味、辛味、渋味、刺激味、無味、脂身味、アルカリ味、金属味、電気の味などがある。
1901年、ヘーニッヒ (D. P. Hänig) はアリストテレスの示した4つの味の舌の上での感覚領域(taste map)を示した。しかし今日ではこの説は否定されている。
1916年、ドイツの心理学者ヘニング(Hans Henning)は、この4つの味とその複合で全ての味覚を説明する4基本味説を提唱した。ヘニングの説によると、甘味、酸味、塩味、苦味の4基本味を正四面体に配し(味の四面体)、それぞれの複合味はその基本味の配合比率に応じて四面体の稜上あるいは面上に位置づけることができると考えた。
一方、日本では1908年に池田菊苗がうま味物質グルタミン酸モノナトリウム塩を発見した。このうま味は4基本味では説明できないため、日本ではこれを基本味とする認識が定まった。しかし西洋では長らく4基本味説が支持され続け、うま味が認められたのは最近のことである。現在は甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つが基本味として認められている。
なお、英語でのうま味の表記は、以前は delicious taste と表現されていたが、現在では umami が通用する。なお、グルタミン酸あるいはグルタミン酸ジナトリウム塩は違う味と認識される。うま味の項に詳しい。
現在では5基本味については化学受容体を介して膜電位の活性化を引き起こしていると考えられており、生理学的にはこの5つが味覚であるといえる。
一方、辛味物質、アルコール、炭酸飲料などの化学的刺激、温度(熱さ・暖かさ・冷たさ)、舌触り(つぶつぶ感、柔らかさ、硬さ、滑らかさ)などの物理的刺激は化学受容体を介することなく直接神経を刺激して、基本味同様、大脳皮質味覚野に伝達される。ただし味覚刺激の全てについて神経に伝達されるまでの機構が解明されたわけではない。
知覚心理学的には、味覚は単独では存在しえず、大なり小なり嗅覚あるいは視覚や記憶など影響を受ける。たとえばレモンの酸味とライムの酸味は、酸味成分的には同一であり基本味的には違いが無く、嗅覚、視覚あるいは記憶によって両者の違いが強調されて認識される。この様な知覚心理学的な意味での味のことを風味(flavor)と呼ぶことがある。
[編集] 味覚異常
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味覚異常は精神医学疾患に由来することが多いが、肉体的あるいは局所的原因の場合もある。原理的には顔面神経あるいは三叉神経麻痺は味覚異常を引き起こすはずであるが、神経麻痺が両側同時に発生することは稀なので気がつくことが少ない。
タバコのすい過ぎや口腔乾燥症(ドライマウス)などによる口腔粘膜の乾燥は,味覚を損なう。また亜鉛欠乏により、突発性味覚異常(味覚の歪み)が発生する。急性インフルエンザなども一過性の味覚異常を引き起こす。慢性関節リウマチで金化合物療法を受けている患者が金属味を愁訴するのは,口内炎の始まりを意味する。不愉快な甘味は肺の小細胞癌を示唆することがある。
局所的原因に関しては、例えば歯科に関する原因の味覚異常として
- 苦味 - 歯周あるいは歯槽膿瘍から発した膿
- 塩味 - 炎症組織からの出血、組織液の漏出
- 酸味 - 異種金属充填物間の電解質反応
などか知られており、これらの場合は歯科治療で原因が除去されると味覚異常が改善される。
副作用として味覚異常を示す医薬品も存在し、ペニシラミン(慢性リュウマチ治療)、アミトリプチリン(向精神薬),ビンクリスチン(抗がん剤)、リトナビル(AIDS治療薬)、ACE阻害薬(高血圧薬)などいくつかの薬剤で味覚異常を示すものが知られている。
[編集] 出典
- 相場 覚, 鳥居修晃, 知覚心理学(1997). (財)放送大学教育振興会. ISBN 4-595-52379-3
- 山内昭雄, 鮎川武二, 感覚の地図帳(2001). (株)講談社. ISBN 4-06-206148-1
- メルクマニュアル 万有製薬, Merck(オリジナル版).
[編集] 関連書
- 都甲潔 『味覚を科学する』 角川選書 角川書店 ISBN 4-04-703345-6
- 都甲潔 『感性の起源』ヒトはなぜ苦いものが好きになったか 中公新書 中央公論新社 ISBN 4121017722
- 佐藤昌康、小川尚 編 『味覚の科学』 朝倉書店 ISBN 4254101392
- ピュイゼ,ジャック 三国清三 監修 鳥取絹子 訳 『子どもの味覚を育てる』ピュイゼ・メソッドのすべて 紀伊国屋書店 ISBN 4314009691