宇宙食
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宇宙食(うちゅうしょく)とは宇宙において食事ができるように作られている食品のこと。
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[編集] 概要
宇宙食は、主に宇宙船の中で宇宙飛行士が食べる食物の事である。概ね無重量(自由落下)状態にある宇宙船の居住スペースが狭く、設備的にも限られることから、これを有効活用する上で様々な工夫が凝らされている。
宇宙食が満たすべき要素は大きく分けて次の通りである。
- 長期保存が可能であること。
- 宇宙空間での物資補給は不可能であるか、限られた回数しか行えないためである。
- できるだけ軽量であること。
- 強い臭気を伴わないこと。
- 船内は密閉されており、換気が出来ない。また脱臭装置を積み込む余裕が無い場合も多い。
- 飛散しない。
- 廻りがミッション達成や生命維持に必須の精密機器だらけであるため、砕けたり汁が飛ぶようなものは、これら機器にトラブルが生じたり、船員が飛び散った食品で火傷したり負傷する危険性があるため、これの防止が必須である。
- 栄養価が優れていること。
- それだけを飲食する事になるため、栄養のバランスに注意が払われる。また狭い船内でストレスを被らないよう、デザート等の娯楽要素も求められる。
- 温度変化や衝撃に耐えること。
- 特別な調理器具を必要としないこと。
このうち軽量性については、スペースシャトルでは水素電池を用いており発電の際に水が発生することから、この水を加温して調理に用いるのが最も効率的である。そのため加水調理に適しており保存性・栄養・食感の面でも優れたフリーズドライ食品は、多くの宇宙食に採用されている。フリーズドライなどの技術は民生技術としてインスタント食品に広く用いられるようになった。これらでは、宇宙への輸送コストが現状ではスペースシャトルでもキログラム辺り約8,800ドル程度が掛かる部分にも関連している。
臭気については、魚などは今も嫌忌される傾向にある。また安全性についてだが、無重量状態では対流が発生しない事から、液体がなかなか冷め難い。このため宇宙船内で供給される湯は口に含んだ際に熱くてむせる事の無いよう、摂氏70度止まりという事情があるため、インスタント食品でもこの温度の湯で美味しく調理できる物が求められる。
水分の多い料理は粘り気を持たせて飛び散らないようになっており、またスープやジュースはパックからストローで直接飲むようになっている。現在では宇宙船内で電気オーブンレンジが利用できるため、レトルト食品等はこれを使って温める事ができる。(電子レンジは諸般の事情で採用されて居ない)
地上では宇宙関連の博物館で土産物になる程度の、市場規模が現時点であまり期待できない宇宙食にこれだけの研究開発が行われている背景には、宇宙ステーションでの長期滞在や火星への有人宇宙探査が現実味を帯びている中で、骨粗鬆症など宇宙空間で起こる深刻な健康上の問題に対応する必要性、またある意味単調な生活の中で食事が非常に重要な気分転換となることがある。このため味の面での改良や、デザート等の充実も図られている。
この他にも近年の国際宇宙ステーション計画では様々な国の様々なクルーが生活する事から、各国の料理に関連した宇宙食が開発され、食のタブーに絡む制約から特定の食材のみで作られた物から、クルーが普段慣れ親しんでいる好物が宇宙でも食べられるようにする、様々な工夫が凝らされた物が、現在でも開発が進んでいる。この中には日本食も取り入れられている。(後述)
[編集] 自給自足へ
今日の宇宙食は、地球上で作られた食材を地球上で加工し、それを宇宙船に積んで打ち上げているが、さらに人類が長期間宇宙に滞在するようになれば、宇宙食は地球から運搬するのではなく、宇宙で自給自足する必要が出てくる。そのため、宇宙空間で生物や植物を育てる試みは宇宙開発の初期から行われてきている。
この考えをさらに延長して、完全に隔離された空間に植物や生物を閉じこめ、孤立した生態系で自給自足の生活を行うことができるかという実験(→バイオスフィア2)が、地上で行われたこともあった。また宇宙船内の限られたスペース内で効率良く作物を栽培できる水耕栽培施設の研究も進んでいる。規模の小さいものでは、古くより微生物(酵母など)を用いた食糧生産システムも想定されている。
- 宇宙移民等の項も参照されたし。
[編集] 宇宙食の歴史
初期の宇宙食は喉に食べ物がつまるのではないかとの不安から、チューブに入ったものやトレイに充填されたペースト状のものが多く、離乳食に近い物でもあったため、宇宙飛行士からの評判も悪かった。その後人間は無重量状態でも問題なく食べ物を飲み込め、消化できることがわかり、現在の宇宙食は種類も豊富になり、その種類は千種程もある。
日本人宇宙飛行士がスペースシャトルに搭乗する際には日本食も搭載されており、公募で選ばれた料理が実際に搭載されたこともあった。
- 1961年:ヴォスト-ク2号においてチトフ飛行士が宇宙空間で初めて食べ物を口にした。
- マーキュリー時代(1962年頃): 一口サイズの固形食、チューブに入ったペースト状のもの。
- ジェミニ時代:乾燥食品、中程度の水分を含んだ食品、一口サイズの固形食の三種類。
- アポロ時代: お湯が使用されるようになり、食品を水で戻して暖かい食事が可能となった。
- スカイラブ時代:半数は加水食品で、他に温度安定化食品、自然形態食品、フリーズドライ(凍結乾燥)食品、放射線照射食品が提供された。ナイフ、フォーク、スプーンを使うようになった。
- スペースシャトル以降:一部の市販食品、自然形態食、新鮮食品(果物)も提供されるようになり、メニューも増えた。
スカイラブ時代より、食事の形態はだいぶ地上の生活に近い物となっている。ただし食器などが浮遊してしまうと具合が悪いことから、各食品のパックやトレイ・食器などは、トレイやテーブルにベルクロテープ(マジックテープの一般名称)で貼り付けておくことが出来るようになっている。
[編集] 日本の食文化と宇宙食
毛利衛は納豆を機内に持ち込めるかNASAに承認を求めたが、臭いの点では合格だったものの、糸を引く点が減点材料となり認められなかったという。
せんべいなどは粉が飛び散ってしまいそうだが、実際にスペースシャトル内で食べられたこともある。宇宙食に不適な食品の代表格としてラーメン(インスタントラーメン)があるが、これも日清食品中央研究所が「スペース・ラム」という名称で実際に開発しており、国際宇宙ステーションで宇宙食に採用されることが決定している。
この「宇宙ラーメン」とも呼ばれるスペース・ラムは、一般に食べられているカップ麺とは少々異なり、袋の中に低温の湯(約摂氏70度)で柔らかく成るボール状にまとめられた麺3塊が入っており、これに湯を注入、所定時間置いてから袋を破ってボール状になった麺をフォークで刺して食べる。なおスープは少量で麺にまぶす程度しかないが、満足感を増すために、やや香辛料を効かせた味となっているという。
[編集] 外部リンク
- 野口宇宙飛行士訓練レポート・第4回「宇宙食について」
- 日清食品プレスリリース・スペースラム
- The Space Shuttle Food System by NASA (NASAによる“スペース・シャトル食品システム”(英語)
- History of Food in Space by NASA (NASAによる“宇宙での食品の歴史”(英語)