御用学者
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御用学者(ごようがくしゃ)とは主に権力者におもねる学者を指し、在野の学者とは区別される。
定義自体難しいが、学術的な調査を改竄し、権力者ないし依頼者に都合の良い結果を導き出す者を言う。具体的な例では、江戸時代に徳川家による政権の安定化が重要課題となり、武断主義から文治主義に切り替え、朱子学を重んじ、上下関係を明確にしようとしたが、そもそも徳川政権の開祖である徳川家康自体が豊臣家から武力で強引に政権を簒奪する人物であり、これを正当化するため、幕府の御用学者である林羅山などに「秀吉公は、秀頼めに天下を治める器量が無ければ、家康に取って代わるように遺言した。」という話まで創作した事などである。
しかしながら、御用学者は一面から見たものであり、いわゆるレッテル貼りに近いものがあるとの指摘があり、使用には注意が必要である。
さらに、今日の現実の社会の中では、例えば有力な学者が政府の公共事業などの施策に対して、自己の信念に基づく意見、思想を審議会などの場で反映させる為に、そうした審議会に呼ばれる立場を確保するべく、ある種の手練手管として、権力へのおもねりと自己の真の主張を両天秤にかけながら駆け引きをする場合があり、御用学者か否かの線引きは困難な側面を有する。駆け引きに失敗して結果として権力へのおもねりの手練手管を権力に利用されるだけの結果となったときには、結果として御用学者呼ばわりされてやむを得ない側面がある一方、駆け引きに成功して自己の信念を政策に反映させることに成功した場合には、反骨の策士と評価される場合もありうる。