心不全
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
医療情報に関する注意:ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。免責事項もお読みください。 |
心不全(しんふぜん、heart failure)は、症状ないしは病態の一種。心臓の血液拍出が不十分であり、全身が必要とするだけの循環量を保てない病態を指す。
目次 |
[編集] 概念
心不全は、心臓が、全身が必要とするだけの有効な循環血漿量を保てないことを表す概念であり、そのような病態となるに至った原因は問わない。
心不全という語は、以前、死因が不詳である場合に死亡診断書に記載される死因として頻繁に採用されていた。脳死という特殊な状況を措けば、人間は死と宣告される際には当然心臓が停止しているのであるから、死亡の直前には心不全と言える状態が、確かにあったと言えよう。しかしこのような、「死因不明の代名詞」としての心不全が死亡統計に表れるのはふさわしくなく、1995年より、死亡診断書上に、終末期状態としての心不全や呼吸不全は直接死因として書かない旨の注意書きがなされるようになって、統計に表れる死因としての心不全は大きく減少した。
また、「心不全」と「心停止」は全く別の概念であるが一般的には混同される傾向にあり、死ぬときに心臓が止まるのは当たり前だという理由から、死亡した患者の遺族が「心不全」という診断に納得しないこともあり、その扱いにおいて、しばしば特別の注意が払われる用語でもある。
このようないわくがある「心不全」という語であるが、様々な基礎疾患から、あるいは原因不明に、臨床医が「心不全」と考えるような病態を来たし、それが直接の死因となって死亡した場合には、死因が心不全となるのは差し支えないことである。そして、逆に言えば日常臨床で使われる「心不全」という語は、心拍出の低下に伴って特徴的な症状をもたらす、高度に確立された概念であるとも言える。
以下では、終末期状態としての心不全ではなく、特徴的な臨床症状を有し、ある程度の期間に渡って患者を苦しめ、心不全の診断のもとに治療の対象となりうるような「心不全」という病態について解説する。
[編集] 分類
- 経過による分類
- 急性心不全(きゅうせいしんふぜん、acute heart failure)と慢性心不全(まんせいしんふぜん、chronic heart failure)は、それぞれ心不全の発症具合が急激であるか、または徐々に発生し持続的であるかによって心不全を分類する語である。前者に当てはまるのは例えば心筋梗塞に伴う心不全であり、後者に当てはまるのは例えば心筋症や弁膜症に伴う心不全である。(念のため付け加えると、急性心不全が終末期状態としての心不全を指しているわけではない…急性心不全は治療により完全に回復する可能性がある)
- 左心不全と右心不全
- 症状を来たす原因が、主に左心室の機能不全によるものなのか、右心室の機能不全によるものなのかによって、心不全を大きく2つに分類する方法である。厳密に区別することができない場合も多いが、病態把握や治療方針決定に有用であるため、頻繁に使用される概念であるので後述する。
- 収縮不全と拡張不全
- 心不全の30%から50%は左心室の十分な拡張を認めず、拡張不全が占めると考えられている。拡張不全は収縮不全に比べ女性、高齢者に多いが、まだ診断基準は定まってはいない。拡張不全には高血圧や虚血性心疾患の合併が多い。
[編集] 左心不全
左心不全(さしんふぜん、left heart failure)は、体循環を担当する左心房・左心室が、十分な拍出量を保てない病態である。血液の流れで左心系の上流に位置する肺に血液がうっ滞し、肺高血圧・胸水・呼吸困難・発作性夜間呼吸困難・咳嗽・チェーンストークス呼吸などの症状を来たす。左心不全は、さらに肺血流の停滞を経由し、右心系へも負荷を与えるため、左心不全は放置すれば後述する右心不全を非常に合併しやすい。特に心不全における呼吸困難は、横になっているよりも座っているときの方が楽である、という特徴を持つ(これを起座呼吸(きざこきゅう、orthopnea)という)。
[編集] 右心不全
右心不全(うしんふぜん、right heart failure)は、肺循環を担当する右心房・右心室が、十分な拍出量を保てない病態である。この場合、液体が過剰に貯留するのは体全体、特に下肢であり、心不全徴候としての下腿浮腫は有名である。その他、腹水、肝腫大、静脈怒張など、循環の不良を反映した症状をきたす。
[編集] NYHA分類
NYHA分類(ニハ分類、またはナイハ分類と発音される)は、ニューヨーク心臓協会(New York Heart Association: NYHA)が定めた心不全の症状の程度の分類であり、以下のように心不全の重症度を4種類に分類するものであるが、簡便でありよく使用される。
- NYHA I度
- 心疾患があるが症状はなく、通常の日常生活は制限されないもの。
- NYHA II度
- 心疾患患者で日常生活が軽度から中等度に制限されるもの。安静時には無症状だが、普通の行動で疲労・動悸・呼吸困難・狭心痛を生じる。
- NYHA III度
- 心疾患患者で日常生活が高度に制限されるもの。安静時は無症状だが、平地の歩行や日常生活以下の労作によっても症状が生じる。
- NYHA IV度
- 心疾患患者で非常に軽度の活動でも何らかの症状を生ずる。安静時においても心不全・狭心症症状を生ずることもある。
[編集] 診断
前述のような臨床症状から疑われ、心エコー検査によって診断される。エコーによって、心不全の原因疾患の検索がなされ、心臓の動きは十分か、拍出量がどの程度かなどを定量的に把握することができる。胸部X線写真や心電図、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)などの血液生化学検査が参考になることもあるが、通常はエコーが最も多くの情報をもたらす。観血的には肺動脈カテーテルを挿入し心拍出量や肺動脈楔入圧(PCW)、中心静脈圧の測定を行う。
[編集] 治療
治療においては、フォレスター分類(Forrester分類)が参考になる。これは、心臓の拍出量を表す心係数(2.2 L/min/m2を境界とする)と、静脈のうっ滞の程度を表す肺動脈楔入圧(18 mmHgを境界とする)とから、心不全の状態を4つに分類し、それぞれに適切な治療法を提案するものである。
原則として、静脈うっ滞を改善するには利尿薬が、心臓の拍出量改善のためには強心薬が使われる。その他血管拡張薬を併用することもある。遺伝子組み換えヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(hANP)も用いられる。ただし、心不全は様々な原因によって起こるので、原疾患によって治療法も大きく異なる。
[編集] 予後
原疾患によって異なる。一般的には、心不全に対して適切な治療が為されていれば、長期生存も可能である。