時そば
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『時そば』(ときそば)は、古典落語の演目の一つ。『刻そば』とも。 内容は蕎麦屋台で起こる滑稽話であり、数多い古典落語の中でも、一般的に広く知られた演目の一つである。
この題名は江戸落語に於けるものであり、上方落語では『時うどん』となることに注意されたい。
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[編集] 解説
明治時代に、3代目柳家小さんが上方落語の演目『時うどん』を江戸噺として移植したと言われており、5代目小さんの十八番としても有名。
煮込み蕎麦の勘定を巡る詐欺事件を目撃した男が、それに豪く感心して、自分も真似して同一の詐欺行為に及ぼうと言うスリリングな、かつ滑稽な話である。本編に入る前の枕の部分で、江戸時代の蕎麦についてあらかじめ解説しておく場合が多い。
蕎麦を食べる場面に於いて麺を勢い良く啜る音を実にリアルに表現する事が、本作の醍醐味であり、一番の見せ場であると非常によく言われる。更には、「蕎麦を啜る音と饂飩を啜る音には、確実に差異がある。それをリアルに表現するのが当然で、何より落語の醍醐味」と堂々と主張する者までいる。しかし5代目古今亭志ん生は本作を、何としても金を騙し取りたい男を描いた物語と位置付けている。志ん生の理論に従えば、麺を啜る音のリアルな表現は所詮は瑣末な事で、巧妙に詐欺を犯す詐欺師とそれを真似する詐欺師もどきを描くのが本作の真髄であり醍醐味と言える。
[編集] 物語
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
深夜、小腹が空いた男Aが通りすがりの蕎麦屋を呼び止める。Aは主人と気さくに世間話をして、煮込み蕎麦を注文する。その蕎麦を食べる前に「いや、実に良い箸だよ。素晴らしい」と割り箸を誉める。更に蕎麦を食べながら器、汁、麺、具などを幇間持ち(たいこもち)よろしく、ひたすら誉めて誉めて誉め上げる。
食べ終わったAは、16文の料金を支払う。ここで、「おい、親父。生憎と、細けえ銭っきゃ持ってねえんだ。落としちゃいけねえ、手え出してくれ」と言って、主人の掌に1文を一枚一枚数えながら、テンポ良く乗せていく。「一(ひい)、二(ふう)、三(みい)、四(よう)、五(いつ)、六(むう)、七(なな)、八(やあ)」と数えたところで、「今何時(なんどき)でい!」と時刻を尋ねる。主人が「へい、九(ここの)つでい」と応えると間髪入れずに「十(とう)、十一、十二、十三、十四、十五、十六、御馳走様」と続けて16文を数え上げ、すぐさま店を去る。つまり、代金の1文をごまかしたのだ。
この一部始終を陰で見ていた男Bは、Aの言動を振り返ってどこか腑に落ちない様子だ。Bは、Aの勘定の時の数え方を「一、二、三……」と再現してみる。「……九つ、十、十一、あれ?」「何時でい?→九つでい→十。……あっ!!」ここで遂に、Aが1文をごまかした事に気付く。1文をごまかした手口に豪く感心し、この詐欺行為を真似したくなったBは、自分も同じことを翌日に試みる事にする。蕎麦を食べる事が目的ではなく、1文を騙し取るためだけにわざわざ蕎麦を食べるのだ。
待ちきれずに早めに繰り出したBは、Aの真似をするがことごとくうまくいかない。とうとう蕎麦をあきらめ、件の勘定に取り掛かる。「一、二、……八、今何時でい」主人が「へい、四つでい」と答える。「五、六……」
[編集] 改作
景山民夫が本作をリメイクした新作落語『年そば』を書いている。舞台が現代に移され、駅の立ち喰い蕎麦で詐欺を犯す物語になっている。原作の時間を訊ねる質問は、店員に対して年齢を訊ねる質問に置き換えている。Aの詐欺行為に豪く関心したBが、別の駅でその詐欺行為を真似ようとする。そして、原作とは全く異なる絶妙かつ衝撃的な下げが待っていた。(短編集『東京ナイトクラブ』角川書店[角川文庫]に収録)
[編集] 詐欺
マスメディアでは、現実に起きる釣り銭詐欺のことを「時そば詐欺」と表現することがある。しかしながら、釣り銭詐欺の手口は、むしろ落語演目『壺算』の方に近い。