源隆姫
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源 隆姫(みなもとのたかひめ、長徳元年(995年) - 寛治元年(1087年))は村上天皇第7皇子・具平親王の長女。母は為平親王の次女。後に藤原頼通の正室となる。妹の中君は敦康親王妃、嫥子女王は藤原教通妻。弟には源師房(資定王)がいる。源氏に臣籍降下する以前の初名は隆子女王。
夫・頼通との仲は大変良く、頼通が隆姫を悲しませたくないとして当時の貴族社会では常識であった側室を迎えるのを拒否するほどであったともいわれているが子供はなかった。古くから頼通は隆姫に頭が上がらなかったために、他の女性との間に生まれた子供を他家に次々と養子に出したといわれるが、根拠はない。1087年に93歳という高齢で没する。
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