石井輝男
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石井 輝男(いしい てるお、1924年1月1日 - 2005年8月12日)は、日本の映画監督。60年代は網走番外地シリーズで一世を風靡し、観客動員力NO.1、70年代は東映のエログロ作品とアクション作品を量産し、90年代はつげ義春、江戸川乱歩の世界へ傾倒した。東映プロデューサーの天尾完次は石井は同じ東宝出身の黒澤明と対極に位置すると評している。
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[編集] 略歴
[編集] 東宝
[編集] 新東宝
- 1946(昭和21)年、新東宝に参加。撮影部より演出部に移る。
- 1947(昭和22)年3月、渡辺邦男監督の助監督につき演出の仕事を始める。この後、清水宏、成瀬巳喜男の助監督にもつく。
- 1957(昭和32)年、「栄光の世界」で監督デビュー。
- 1957-58、「スーパージャイアンツ」シリーズ(宇津井健主演)
- 1960(昭和35)年、1月13日「黒線地帯」公開。
[編集] 東映
- 1961(昭和36)年、東映と専属契約を結ぶ。6.23公開の「花と嵐とギャング」が東映(第二東映)の第1作。
- 1965(昭和40)年、4月18日「網走番外地」(高倉健主演)公開。
- 1968(昭和43)年、5月1日「徳川女系図」公開。9.28公開の「徳川女刑罰史」は低予算で同年邦画配収の9位。
- 1969(昭和44)年、10月31日「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」公開。
- 1974(昭和49)年、12月28日「直撃地獄拳 大逆転」(千葉真一主演)公開。
- 1979(昭和54)年、10月6日「暴力戦士」公開。この後、劇映画は休養に入る。
[編集] 復活
- 1993(平成5)年、7月24日「ゲンセンカン主人」公開。これ以降、「無頼平野」「ねじ式」「地獄」を撮る。
- 2005(平成17)年、8月12日癌により没す。享年81。遺作は「盲獣VS一寸法師」(2001年)。
[編集] 備考
成瀬巳喜男の助監督時代に、成瀬作品の産みの親である脚本家の水木洋子の作品の仕事を渇望していたが水木に嫌われていたとする説がある。
[編集] 参考図書
「石井輝男映画魂」石井輝男・福間健二、ワイズ出版 ; ISBN 4948735086