筧十蔵
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筧 十蔵(かけい じゅうぞう、天正元年(1573年)? - 慶長20年(1615年)?)は、戦国時代の真田忍者。真田十勇士の一人である。筧虎秀の子。火縄銃の名手。
名は筧十兵衛とも言われ、「真田三代記」ではその名前で伝えられている。実在の人物と言われている。
父親の虎秀は真田昌幸に仕える一介の足軽に過ぎなかったが、敵軍の包囲を丸太で突き破るという戦功を挙げたことから、家来持ちの大将にまで昇進した勇将と言われている。その息子である十兵衛は豪胆な人物で、針などを使う術に優れていたと言われ、この術で大坂の陣において徳川軍を大いに悩ませたと言われている。1615年の夏の陣で戦死したと言われているが、実際は不明である。