酸と塩基
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酸と塩基(さん と えんき)は、最も基本的な物質の分類の1つ。酸と塩基の定義は時代と共に拡張されており、現代では3つの定義が知られている。
酸と塩基を混合すると酸塩基反応が進行する。最も基本的な酸塩基反応は中和反応で、双方の性質を打ち消しあうとともに水と「塩」(えん)が生成する。酸塩基反応の際に授受できる水素イオンの数をその酸・塩基の価数と呼ぶ。
酸・塩基の強さを測る指標としては、規定度・水素イオン指数(pH) ・酸解離定数 (pKa) ・酸度関数 (H0) などが使用される。ただし、酸・塩基の強度は物質と状態(濃度や温度、溶媒など)によって変化し、また酸塩基反応においては反応に関わる物質の相対的な強度によってその物質が酸・塩基のどちらの役割を果たすかは異なる。例えば、水は場合によって酸としても塩基としても働く。
また、酸と塩基には、「硬い」「軟らかい」という表現をされる定性的な性質がある。詳しくはHSAB則を参照。
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[編集] 歴史と用語
歴史的には酸の水溶液が示す物性を酸性、灰汁などの水溶液が示す物性をアルカリ性と呼んだ(「アルカリ」は灰を意味するアラビア語に由来する)。
酸性物質とアルカリ性物質とを混合すると、双方の性質を打ち消しあうことが知られており、中和反応と呼ばれる。
塩(えん)が中和反応の生成物であることが判明してくると、「酸と中和反応をして塩を生成する物質群」という物質グループの概念が生まれ、それに対して塩基という呼称が与えられた。これに関連して、塩を形成せず、イオン化していない状態の酸を強調する目的で遊離酸と呼ぶことがある。
酸と塩基の間の反応を、酸塩基反応と呼ぶ。無論、中和反応も酸塩基反応に内包され、マクロなレベルで酸成分と塩基成分を混合する操作に対して使用される場合が多い。
したがって、酸性ないしアルカリ性は水溶液の物性の呼称として用いるのが原義である。逆に塩基性といった場合は、狭義には「酸との相互作用」といった意味であるが、日常ではアルカリ性と塩基性とは混用される場面が多い。
[編集] 定義
[編集] アレニウスの定義
1884年にアレニウスが提唱した定義では、水 H2O に溶けてプロトン(正確にはヒドロン, 水素イオン)H+ を生じる物質を酸、水酸化物イオン OH− を生じる物質を塩基という。この定義にあてはまる酸をアレニウス酸、塩基をアレニウス塩基と呼ぶ。
酸を HA、塩基を ROH とすると、水溶液中で酸は H+ を生じ、塩基は OH− を生じる。
- HA → H+ + A−
- ROH → R+ + OH−
具体例として、塩化水素 HCl は H2O に溶けると、H+ を生じるのでアレニウス酸である。
- HCl → H+ + Cl− (正確にはHCl + H2O → H3O+ + Cl− だが実質的に H3O+ は H+ と同じ。)
水酸化ナトリウム NaOH は H2O に溶けると、OH− を生じるのでアレニウス塩基である。
- NaOH → Na+ + OH−
この定義において、アンモニアは水酸化物イオンを生じないので塩基ではない。
アレニウス酸とアレニウス塩基を混合すると、塩(えん)及び水を発生する。アレニウス酸・塩基の強度はリトマス紙に代表されるさまざまな指示薬やpHメーターなどによって決定することができる。
[編集] ブレンステッド・ローリーの定義
1923年にブレンステッドとローリーが提出した定義では、酸は H+ を与える物質であり、塩基は H+ を受け取る物質である。この定義にあてはまる酸をブレンステッド酸、塩基をブレンステッド塩基と呼ぶ。すなわち、ブレンステッド酸とはプロトン供与体、ブレンステッド塩基とはプロトン受容体である。水素を持つあらゆる物質に適用可能な定義である。
一般に、酸を HA、塩基を B とすると、次の化学反応式で表される。
- HA + B → A− + HB+
ここで、A− は酸 HA の共役塩基、HB+ は塩基 B の共役酸と呼ばれる。
具体例を挙げると、塩化水素 HCl が水 H2O に溶けると、HCl は酸としてはたらいて H2O に H+ を与え、H2O は塩基として働いて H+ を受け取る。その結果、塩化水素の共役塩基として塩化物イオン Cl−、水の共役酸としてオキソニウムイオン H3O+ が生じる。
- HCl + H2O → Cl− + H3O+
[編集] ルイスの定義
1923年にルイスが提出した定義では、酸は電子対を受け取るあらゆる物質であり、塩基は電子対を供与するあらゆる物質である。この定義にあてはまる酸をルイス酸、塩基をルイス塩基と呼ぶ。すなわち、ルイス酸とは電子対受容体、ルイス塩基とは電子対供与体である。最も一般的であり、水素を持たない物質についても適用可能な定義である。
なお、水素イオン(H+)は、全く電子を持たないため、いかなる相手に対しても電子対供与体(=塩基)とはなり得ず、電子対受容体(=酸)としてのみ作用する。ルイスによる定義でも、水素イオンは最強の酸といえる。 水素イオンが、水中で直ちに水分子と反応し、オキソニウムイオン(H3O+)に変化するのはそのためである(実際は水素イオンは存在しないものと思われる)。
[編集] 強度
ある溶液の酸性(塩基性)の強弱は、それに溶けている酸(塩基)固有の「強度」と、溶液中のその物質の「濃度」に依存する。例えば、硫酸は物質としては強い酸であるが、もし濃度が低ければ、溶液全体の酸としての性質は弱い。
それぞれの物質固有の(濃度に依存しない)強度の指標としては、酸解離定数 (pKa) 、酸度関数 (H0) がある。また、濃度を加味した溶液としての性質の指標として水素イオン指数(pH) や規定度がある。これらは場合によって使い分けがされる。水溶液中では pH を用いるのが一般的であるが、有機溶媒中での反応を議論することの多い有機化学では pKa によって議論することが多い。
[編集] 物質固有の強度
水中で電離する化合物の酸性(塩基性)の強弱は、その物質の電離度によっておおまかに分類される。電離度は電解質が溶液中で解離(電離)しているモル比をあらわす値で、電離度がほぼ 1 である酸(塩基)を強酸(強塩基)、電離度が小さいものを弱酸(弱塩基)と呼ぶ。また、純硫酸よりも強い酸を超酸ということがある。
より定量的に酸(塩基)の強さを示す場合は、解離平衡を考え、その平衡定数 Ka の対数に負号をつけた酸解離定数 pKa で表すことが多い。塩基に対しては、共役酸の pKa か、特に水中の場合では塩基性度定数 pKb = 14 - pKa が用いられる。
例えば、酢酸の pKa は 4.76 、ギ酸の pKa は 3.77 である[1]。pKa は定義から数値が小さいほど水素イオンを解離しやすい、すなわち強い酸であることを示す。したがって、同じ弱酸でもギ酸のほうが酢酸より 10 倍強いことが分かる。
また、この表記法を用いると、有機物など通常電離するとは考えない化合物に対しても酸・塩基の強度を与えることができる。例えば、水中でのメタンの pKa は 48、ベンゼンは 43 であり、ベンゼンの水素の方がはるかに酸性が強い(すなわち、プロトンとして引き抜かれやすい)ことが分かる。[2]
塩基の強さは共役酸の pKa から判断することができる。例えば、プロトン化されたアンモニア(アンモニウム)のpKa は 9.2、トリエチルアミンは 10.75 である。すなわち、トリエチルアミンに配位したプロトンはアンモニアの場合に比べて 1 桁ほど解離しにくい。このことは、トリエチルアミンがアンモニアに比べて 10 倍強い塩基であることを示している。
酸解離定数を指標として用いることで、クライゼン縮合など、水素引き抜きが関与する反応に必要な塩基を推量することができる。
[編集] 濃度を含めた強度
ある物質の溶液の酸・塩基を議論する際には、その物質の濃度も重要な要素となる。濃度を含めた酸・塩基の指標としては、規定度や水素イオン濃度がある。
規定度は酸・塩基の価数とモル濃度の積で表される値で、単位 N で示された。ただし、現在では使用が推奨されていない。
水素イオン濃度は、通常は水溶液中において、水素イオンの濃度を対数で示したものである。水素イオン濃度は現実的な酸・塩基の強度にあった指標であるが、単純に酸・塩基の濃度に比例するものではないため、値を知りたい場合には酸塩基指示薬などによって調べる必要がある。また、水溶液以外に適用する場合には、自己解離や水平化効果を考える必要がある。
[編集] 酸塩基反応
酸と塩基を混合すると、酸塩基反応と呼ばれる化学反応が進行する。アレニウス定義による酸・塩基を混合した場合は中和反応が進行し水と塩が生じる。一方、ブロンステッドまたはルイスの定義による酸・塩基を混合した場合は、中和反応がおこらず、電子対の授受によって配位結合が形成され錯体が形成されるだけのこともある。
[編集] 中和と塩
酸と塩基とを混合して両者の酸性・塩基性を相殺させる操作を中和と呼び、生成する酸成分と塩基成分とが一定の比で組み合わせの物質を塩と呼ぶ。
塩を水溶液にした場合、強酸と強塩基から成る塩の場合は酸成分・塩基成分ともに完全に電離するので pH は7の中性となる。 一方、酸成分あるいは塩基成分の一方の電離度が小さい場合は、酸塩基平衡により遊離型に戻る為、水素イオン濃度が中性から外れる。すなわち弱酸と強塩基から成る塩の水溶液はアルカリ性を示す。また、強酸と弱塩基から成る塩の水溶液は酸性を示す。弱酸・弱塩基の組み合わせは相互の酸塩基平衡に依存する。
酸性塩・塩基性塩の区分は化学式中にそれぞれ H+、OH− が含まれるか否かによるものであり、 しばしば上記の塩の加水分解による液性と混同されがちであるが、酸性塩である炭酸水素塩の水溶液が塩基性を示すように、名称と水溶液の液性が必ずしも一致しないものである点には注意せねばならない。
このように、弱酸・弱塩基は相対的な概念であり一定の指標により区分されるものではない。ある化学種が酸として働くか、塩基として働くかは、反応する相手の酸又は塩基性の強弱によって左右される。また、強酸と弱塩基、もしくは弱酸と強塩基を中和させた溶液は、そこに新たに強酸や強塩基を加えても、平衡状態の変化により pH が大きく変動しないため、緩衝液とも呼ばれる。血液は緩衝液としての性質も持ち合わせている。
アレニウス酸とアレニウス塩基との等当量混合物を塩と呼ぶ。また広義には二成分からなるイオン性物質をさして塩と呼ぶことがある。酸・塩基成分の由来により、無機塩、有機塩とも呼ばれる。
[編集] 酸・塩基の硬さ
酸・塩基は反応のしやすさによって、定性的に「硬い」ものと「軟らかい」ものに分類されている。硬い酸は硬い塩基と、軟らかい酸は軟らかい塩基とそれぞれ反応しやすく、安定な塩を形成する。詳しくはHSAB則を参照。
[編集] 代表的な酸・塩基
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- ジョン・マクマリー 『マクマリー 有機化学 第4版(上)』 伊東・児玉他訳、東京化学同人、1998年。ISBN 4807905368