わたしは真悟
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『わたしは真悟』(わたしはしんご)は、楳図かずおの長編SF漫画作品。昭和時代末期の1982年~1986年『ビッグコミックスピリッツ』に連載された。
目次 |
[編集] 概要
恐怖漫画の第一人者である楳図かずおが、恐怖テイストを控えめにして、神とは何か、意識とは何かといった、形而上学的なテーマに挑んだ意欲作。
表紙の美しい扉絵、産業用ロボットの日本における受容とその社会的影響、「奇跡は誰にでも一度おきる だがおきたことには誰も気がつかない」という謎めいたメッセージ、血管や神経を持った生物であるかのように描かれたロボットの内部構造、人間の悪意の存在するところに必ず現れる謎の虹など、見どころ満載である。
21世紀となった今ではコンピュータやロボットの描写に古さも目立つが、昭和時代の作品であることを考えると、現代のネットワーク時代を見事に予言していたという点でも注目される。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] あらすじ
町工場労働者の息子「近藤悟(さとる)」と外交官の娘「山本真鈴(まりん)」の、小学6年生2人による、おぞましくも美しい恋物語。
まりんの父親の海外勤務にともない、身分違いの2人の恋は引き裂かれる。大人になることを拒否した2人は、自分たちの子供を作るため、さとるの父親が働く町工場の産業用ロボット「モンロー」の指令に基づき、東京タワーの頂上から救助にきたヘリコプターに飛び移る。その瞬間、2人の秘密の遊び道具であった産業用ロボット「モンロー」は自我に目覚め、意識としての進化を開始。産業用ロボットは、みずからの出自を求める旅を重ね、伝えられなかったさとるの愛の言葉を、まりんに伝えるべく、成長を続ける。
自らを両親の名前から1文字ずつとって「真悟」と名づけた「モンロー」は、自分が単なる産業ロボットではなく、人間の悪意をエネルギーとする秘密兵器を生産すべく秘密プログラムのブラックボックスを植えつけられた存在であり、母親であるまりんを自分自身が苦しめているという自らの業を知る。真悟はさらに、世界中の意識とつながる意識としての進化を続け、エルサレムを破壊した瞬間に神を超えた存在「子供」としてこの世に生まれる奇跡をおこす。
だが、その後は、エネルギーと記憶を失い続け、聞くことの出来なかった、まりんの返答をさとるに伝える旅に出る。真悟の全てのエネルギーが尽きるとき、真悟はさとるに再会し、最後にアイの2文字が残った。
[編集] 登場人物
- 近藤悟(さとる)
- 山本真鈴(まりん)
- 真悟:産業用ロボットとしては「モンロー」と呼ばれていた
- ロビン:まりんに欲情し、まりんの大人になるスイッチを押してしまう悪役
- 九鬼:さとるの父親の同僚。ロボットの導入で仕事がなくなり解雇される
- しずか:さとるの隣人の女の子。まりんに嫉妬するが、真悟がさとるとまりんの子供であることを理解してからは、真悟の味方
[編集] 影響と論評
恐怖漫画家が書いた、この形而上学的作品に影響を受けた文化人は多い。たとえば、岡崎京子は自らの作品中で、真悟誕生の瞬間である「333のテッペンカラトビウツレ」のシーンに言及していたりする。
非常に難解な作品であるため、個々のエピソードを全て整合的に説明することは、困難である。だが、このことは、物語全体としての感動を損なうものではない。作品を深く理解するにあたっては、論評のような二次文献を読むと同時に、原作を繰り返し読むことが必要となる。
最大の謎は、最後のコマで、土星の輪のように虹が地球を囲っていることである。真悟がいなくなって、地球はまた、人の悪意が支配する場所に戻ったと解釈することもできるだろう。
[編集] 参考資料
- 『恐怖への招待』(楳図かずお、河出書房新社)に、作者自身による解説がある。
- 雑誌『現代詩手帖』1985年10月号が「特集=超コミック」と題し、岡崎乾二郎「333からトビウツレ」を所収。
- 雑誌『文藝』1987年夏号に、四方田犬彦「成熟と喪失」を所収(のちに単行本『もうひとりの天使』所収・河出書房新社)。
- 雑誌『ユリイカ 詩と批評』の2004年7月号「特集*楳図かずお」に、高橋明彦の論文「わたしは真悟、内在する高度」を所収。
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