委任
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
委任(いにん)とは、ある事務の処理を自分以外の他人に任せることをいう。
目次 |
[編集] 概要
民法における委任(委任契約)は、法律行為をなすことを他人に委託し、承諾することによって成立する諾成・不要式の契約である(民法643条以下に規定がある)。なお委任は代理の内部関係の典型であり民法もそれを想定しているが、これ以外の場合にも代理権が授与されることはある(雇用契約など)。以下、民法上の委任について述べる。
ローマ法以来、委任は高尚な知的労務の提供であって対価を得てやるようなものではない(一種の啓蒙活動)との認識から無償が原則とされてきた。しかし現実社会においては報酬を特約することが多い。信頼関係の上に立つ契約で、いつでも解約が可能である。 法律行為ではない事務の委託がされた場合(準委任という)にも委任の規定が準用される(民法656条)。
また、契約によらず他人の事務の処理を行うことを事務管理というが、関係に類似性があるため委任の規定が準用されている。
[編集] 類似する法的関係
委任契約は他人のために労務やサービスを提供する法的な関係であるという点で、雇傭契約、請負契約、寄託契約ならびに事務管理と共通する。しかし、以下の点で区別される。
- 雇用とは、委任においては受任者が自らの裁量で事務を処理する(独立性がある)点が異なる。
- 請負とは、仕事の完成を契約の目的としない点で区別される。
- 寄託とは、委託される事務の内容が物の保管に限定されている点が委任と相違がある。
- 事務管理とは、合意によらず(すなわち、頼まれもしないのに勝手に)他人の事務処理を行う点に差異がある。
寄託や事務管理においては上述したように類似性が見られるため、委任の規定が準用されている(寄託では665条、事務管理では701条によって準用されている)。
[編集] 受任者の義務
受任者は契約の本旨に従い、委任された事務を処理する義務を負う(委任事務処理義務)。この中心的義務を遂行する際に、受任者は善良なる管理者の注意義務をもって事に当たらなければならない。この注意義務の程度のことを善管注意義務または善管義務という(民法644条)。善管注意義務の程度は受任者の職業や能力によって異なる(一定ではない)。また、無償の委任の場合もこの注意義務は軽減されない。
上記の本質的な義務に対して、事務処理上必要となる付随的な事項について3つの義務が規定されている。まず受任者は委任者の請求があった場合や委任契約が終了した場合には事務処理の経過を報告しなければならない(報告の義務。民法645条)。また委任された事務を処理することで取得した金銭などの物と果実を委任者に引き渡さねばならず(受取物等引渡義務。民法646条)、受任者が委任者のために自分を主体として取得した権利も委任者に移転しなければならない(取得権利移転義務。民法646条2項)。これらを総称して付随的義務と呼ばれることがある。
このうち、受取物等引渡義務の対象となる金銭や委任者のために使うべき金銭を勝手に消費した場合には、消費した日からの利息支払と損害賠償をする責任が課せられる(民法647条)。
また委任契約は信頼関係に基づいているため、受任者は自ら事務を処理する義務を負う。つまり、復委任(受任者が委任された事務を誰か他の人間に処理させること)は原則として許されない。ただし委任者の許諾がある場合や、やむを得ない場合には構わないと考えられている(復代理に関する民法104条を参照)。
[編集] 委任者の義務
委任者の側から主体的に果たすべき義務というものはない。委任者は受任者から各種の請求を受けた場合、それに応じるべき義務が生じる。
まず、委任者は受任者から事務処理に必要となる費用の前払いや事後の償還(利息を含む)を請求された場合、それを支払わなければならない(民法649条、650条1項)。同様の必要から受任者が負うことになった債務について代わりに弁済することや担保の提供を請求された場合にもそれに従う義務がある(650条2項)。
また受任者が事務処理にあたって損害を被った場合、受任者に過失がなければ委任者に対してその賠償を請求することができる。この際、委任者は自己に過失がなくても請求に応じなければならない(民法650条3項)。
前述の通り原則として委任は無償契約である。よって受任者は報酬を得たければその旨の特約がある委任契約を結ばなければならない(民法648条1項)。この特約がある場合、委任者は受任者に対して報酬を支払う義務を負う。とはいえローマの時代から有償の委任契約がほとんどである。よって通常の委任契約では、たとえ報酬を支払うという合意(特約)が明示されていなくとも黙示的に存在する(受任者は報酬を請求できる)と考えられる。なお、弁護士との契約で報酬について合意していなかった場合でも相当な額を報酬できるとした判決がある。
[編集] 委任の終了
委任は当事者のどちらもが好きなときに契約を解除することができる(民法651条1項)。これを任意解除権というが、通常の解除と異なり遡及効がない解除であるため、「告知」といわれる。ただし、当事者の一方にとって不利な時期に委任契約を解除した場合でそのことにやむを得ない事情あるわけではない場合には損害賠償義務が生じる。ところがこれら任意解除権に関する規定は委任契約が無償であることを前提としている。なお、これらは任意規定であり、当事者の意思が優先する(解除権を放棄することもできる)。取り立て委任のように委任の趣旨が受任者の利益にもあるような場合には、委任者は解除権を放棄したと認定される場合がある。
また、委任は当事者の死亡、破産、および受任者の後見開始(成年後見制度を参照)によっても終了する(民法653条)。これも任意規定であり、当事者の意思が優先する。例えば委任者が臨終の間際に「万事よろしく頼む云々」と受任者にいった場合、委任者の死後も契約関係は存続する。
[編集] 委任の例
- 医療契約
- 弁護士との訴訟代理契約
- 株式会社の取締役(商法254条3項)
- 有限会社の取締役(有限会社法32条)
[編集] 行政法
- 権限の委任(事務の委任)