自動空戦フラップ
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自動空戦フラップ(じどうくうせんフラップ)とは、ドイツのクルップ社の砲身自動水平維持装置のライセンスを1940年に大日本兵器が購入し、1943年に川西航空機の子会社が航空機のフラップを自動的に操作を行う補助操縦装置に転用したもの。
[編集] システム
水銀とチェックボールによる流体圧力に電位差を微分した値を計測、駆動系に情報電位を搬送するという(旋回Gに比例し、速度の2乗に反比例した角度でフラップを自動操作するように働く)もので、現代では古典的なシステム構築方法であるものの、当時においては技術の勝利とも言える画期的な装置であった。
[編集] 開発の経緯
離着陸等に用いられるフラップを空戦で用いることは、速度を落としながら効率的に旋回するために一部の熟練パイロットが零戦で用いていた方法である。
有効性は認められていたものの、未熟な若年パイロットでは緊迫した空戦の最中にはフラップ操作まで行うことは不可能であったため、容易に行えるよう手動で二段階程度フラップの角度が変えられる空戦フラップが装備された機体が登場した。
しかし、この場合における適切なフラップ角はその時点の速度に対してただ一点のみであることから、段階式では速度によってフラップが出すぎたり足りなかったりで効率的な旋回には程遠いものであり、手動式のため緊迫してくると空戦フラップの操作どころではなかった。
川西航空機の子会社の技術者は、これを自動化するため、ある速度における旋回での適切なフラップ角を自動的に割り出して自動的にフラップを操作するシステムを考案し、完成させた。
これが自動空戦フラップである。
なお、この装置は自動的に電源がオンオフされるものではないため、空戦開始前に搭乗員が各個操作していた。
[編集] 搭載機
日本海軍の水上戦闘機「強風」に初めて搭載され、後に「紫電」、「紫電改(紫電21型)」等に補助操縦装置として搭載された。特に紫電改では、主翼や胴体内の燃料タンクが防弾仕様となり、更には当時最新の自動消火装置を装備し、防弾ガラス、防弾板を装備していたにもかかわらず、この装置により高い機動性を保っている。
また、大きさが手の平に乗るほどのものであったため、搭乗員の邪魔になることもなかった。
なお、この装置はフラップ操作を自動で行うことによりベテランとの差を埋めることも目的にしていた。
事実、この装置は空戦中であっても搭乗員の任意でオンオフできるものであったため、紫電改を配備した松山基地の精鋭部隊、第三四三海軍航空隊の隊員のベテランパイロットの中では、自動空戦フラップを使わなかった隊員もいる。このことからも三四三空のパイロットはベテランパイロットだけではなく、若年パイロットも多かったことがわかる。