蹄鉄
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蹄鉄(ていてつ)とは馬や牛といった動物の蹄(ひづめ)に装着される、鉄、ゴム、プラスチック、牛皮、またはそれらを組み合わせたU字型の製具。
蹄の損耗を防ぐために用いられる。初期の蹄鉄には滑り止めとして「カルキンス」(calkins)といわれる出っ張りがあった。これは今でもチームペニング(team penning)といった競技用馬に用いられている。西洋では魔除けとして幸運をもたらすとも信じられている。
蹄鉄が西洋に現れるのは4世紀にギリシア人によってもたらされてからであった。様々な品種の馬、および様々な用途のために改良が進められ材料も色々なものが使われることとなった。一般的な材料としては鉄のほか、軽量なアルミニウム及びプラスチックが用いられており、特殊な場合にはマグネシウム、チタンあるいは銅が使われることもある。
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[編集] 家畜に用いられてきた理由
馬の家畜化と利用が始まったころから、馬の蹄を保護する馬具が必要とされる様々な要因が存在した。
- 栄養価の低い餌
- 野生環境で食べられている草や雑草、低木はベータカロチンのような、高い栄養価を持っている。耕作によって育てられた餌にはそれらのカロチンは含まれる割合が低く、馬に十分な栄養が与えられているとは言い難い。また、野生動物は多様な餌資源の中から自らの生理要求にしたがって必要とされる栄養素の多い食物を複雑に選択して摂食しているが、家畜動物は、人間の都合で与えられる多様性の低い食物を受容せざるを得ない。蹄は十分な栄養が与えられてるときには、人の爪よりもずっと堅く、頑丈な角質組織として発達する。さらに、家畜の馬は穀類やムラサキウマゴヤシ、牧草といったタンパク質に富んだ濃縮飼料を与えられることもあり、そういったものは蹄葉炎(ていようえん)を引き起こすといわれている。蹄葉炎とは蹄骨を支える蹄壁の葉状層が炎症を起こす病気である。たとえ蹄葉炎を引き起こさなくとも、角質組織と蹄骨との結合は弱くなり、この不自然な食体系は馬の足を弱める一因となる。穀粒、豆類、あるいは青草を多く含んだ牧草は亜臨床の蹄葉炎を引き起こす。蹄鉄は蹄壁を支え、弱く薄い板からなる蹄壁の解離を防ぐことが出来る。
- 多様性の乏しい環境
- 野生の馬は種々様々な地形を日常的に歩いており、蹄鉄など必要ではない。馬の蹄は日々摩滅し、厳しい環境下に置かれ続ける。しかしこういった連続的な刺激作用で、馬の蹄はカルス(たこ)のように厚く、頑丈になっていく。しかしながら家畜化により馬に与えられた環境は限定的なものになってしまった。そのため蹄は堅くならず、傷にも弱くなる。
- 増加過重
- 人間や積み荷、荷車や貨車によって馬に与える重量と負荷は増加し、蹄の摩耗もいっそう顕著となる。
- 湿潤気候
- 馬は本来乾燥したステップ草原に住んでいた。そこに比べ北欧は湿気が多く、粘土質の地面は馬の蹄を弱くした。最初に蹄鉄が実用化されたのも北欧だった。
- アンモニアへの接触
- 野生馬や遊牧で管理されている家畜馬と異なり、馬小屋では馬の蹄は常に尿が微生物によって分解して生じたアンモニアにさらされている。蹄の組織はケラチン(タンパク質)がほとんどで、水に溶けると塩基性を示すアンモニアによって加水分解され、弱められる。蹄鉄をつけていればアンモニアから蹄を守ることが出来る。
- 弱まった蹄の結果
- 家畜化することで、自然界の後天的順化因子や先天的な遺伝子の変異に対する淘汰因子を欠き、馬の足は過度に大きく、長く、脆弱かつ柔軟となった。岩、小石や凹凸の激しい地表から、蹄を保護することは不可欠となった。足の軟繊維を痛め、蹄壁に割れ目が生じる危険が常に存在している。
- 適切な蹄鉄
- 蹄鉄の形状、重量、厚みは馬の足取りに著しい影響を与える。熟練した蹄鉄工は馬の骨格、筋肉を見極め、その馬に最適の蹄鉄を作ることが出来る。
- 滑り止め
- 氷の上を走るためのボリアムや滑りやすい地面のための鋲、とがり金、リムといった滑り止めは、馬術競技や飛越競走馬、ポロ用の小馬などの余り平坦でない地面を高速で走行する必要のある馬に有益である。
- 歩行操作
- サドルブレッド種の馬やテネシーウォーキング馬といった歩行の早い種類の馬には特別な金具が必要となることもある。
[編集] 蹄鉄に関する新たな見解
蹄鉄に関しては年来、生理学的な視点から検討されてきた。野生馬と、遊牧などの自然環境で飼育された馬はそもそも蹄など必要としないことが分かっている。しかし長年の馬小屋での飼育方法と蹄鉄の伝統は、これらの見解によっても容易に変化するものではない。 これらの研究で特に大きな影響があったのはジェイム・ジャクソン、およびヒルトラド・シュトラッサー博士である。
[編集] 歴史
装蹄の起源については不明な点が多く、いまだに結論は出ていない。ローマ時代、馬の持ち主は、蹄の上に革製のブーツを履かせて紐で縛り付けていた。
中世には金属製の蹄鉄が現れるが、これにはフン族が持ち込んだとする説のほか、ケルト起源説などがありはっきりしない。歴史家の中には中世になってはじめて金属製の蹄鉄が現れたとするものもいるが、ドイツのNeupotz近くのローマ時代の遺構から金属製の蹄鉄が見つかっており、それは西暦294年のものだという。 (From Kuenzl, Ernst, Die Alamannenbeute aus dem Rhein bei Neupotz: Plünderungsgut aus dem römischen Gallien. Mainz 1993.)
いずれの場合にせよ金属製の蹄鉄が一般的に利用されるようになったのは、中世以降のことである。
[編集] 日本の蹄鉄
古くから馬沓という藁製の馬蹄保護具が用いられていたが、西洋式の金属製蹄鉄が使われるようになったのは明治以降のことである。
[編集] 魔除けとしての蹄鉄
扉に蹄鉄をぶら下げると魔除けになると信じられている文化圏があり、多くの国では幸運のお守りとも見なされている。一般的な迷信として蹄鉄の鉄尾(末端部分)が扉に留められていれば、幸運が舞い込むというものがある。しかし、両端が下に向いていると不運が舞い込むともいう。ここら辺りは文化圏によって異なり、2つの鉄尾が下を向いていれば幸運が舞い込むというものもある。 むろん、蹄鉄が普及しなかった国ではこういった風習は見られない。 蹄鉄による幸運も悪運も、それを掛けた人ではなく、その所有者に降りかかると信じられている地域もある。従って盗んだり、借りたりした蹄鉄からはどんな幸運も得ることは出来ないといわれている。ある地域では蹄鉄は人目に付くように留められておかないと何の効果もないといわれている。 このような風習は聖ダンステンと悪魔の話が由来となっている。AD959年カンタベリー大僧正となった聖ダンステンはもともと小さな鍛冶屋だった。悪魔から馬の蹄鉄を修理するよう頼まれた際、彼は悪魔の足に蹄鉄を打ち付けた。悪魔は大変痛がり、ダンスタンは扉に蹄鉄が留められているときは絶対中に入らないという約束を悪魔に取り付け、ようやく蹄鉄を取り外してやったという。 蹄鉄はケルトの伝承に出てくるような邪鬼の類を防ぐともいう。これは邪鬼などの異界の住人は鉄を嫌うという伝承があり、蹄鉄は庶民の最も身近な鉄製品だったということである。本来の民話や伝説が持つ意味は忘れ去られ、ただ幸運をもたらすという風習だけが残った例である。 また、ローマ人がケルトの国々に着いたとき、扉に蹄鉄を打ち付けている風を目にして、その意味を理解することなく、ただ幸運のお守りとして広まっていったという可能性もあるだろう。