ジェットエンジン
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ジェットエンジン(Jet engine)は、空気と燃料を燃焼させてジェット噴射するエンジンのこと。主に航空機用エンジンとして使われる
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[編集] 概要
ジェットエンジンは航空機用として開発・使用されている。 空気と燃料を爆発的かつ連続的に燃焼させ、その燃焼ガスをジェット噴射して推力・動力に使用する。 大量の燃料を消費して高い出力を得て機体を超音速で飛行させることが可能。 ジェットエンジンにも様々な種類があり、機体の種類・用途によって最適なジェットエンジンを使い分ける。 現在、民間機・軍用機を含めて非常に多くの航空機がジェットエンジンを搭載しているが、騒音が非常に大きく、空に大量の排気ガスを撒き散らすなどの環境上の問題がある。
[編集] 開発の歴史
1930年代にイギリスやナチスドイツで開発が始まった。イギリスのパワージェットが嚆矢とされる。第二次世界大戦中~後期にイギリスでジェット推進の戦闘機が、ナチスドイツでジェット推進のミサイルや戦闘機が実用化された。戦後、アメリカやソ連で徹底的に研究され、爆発的に普及した。
2006年現在では旅客機・輸送機といった民間機や戦闘機・爆撃機といった軍用機、それにヘリコプターのほとんどが広義のジェットエンジンを使用している。
[編集] 原理
ジェット噴射を行うために爆発的な圧力が必要となる。そのため、高圧の空気と燃料を混合して燃焼する。 エンジンに取り込まれた空気は、圧縮機(コンプレッサー)によって大気圧比の約30倍まで圧縮される。 圧縮された空気と燃料は燃焼されて高温・高圧の燃焼ガスとなる。燃焼ガスはエンジンから排出される前にタービンを回転させる。タービンの回転は圧縮機へ伝わり、空気を圧縮する動力になる。燃焼ガスはタービンを経てエンジンから排出され、推力または動力となる。
一例として、空気の流れとターボジェットエンジンの構造(セクション)を対応させたものを示す。英語で呼ぶことも多いため英語名も併記する。
吸気 | →圧縮 | →燃焼 | →膨張 | →排気 |
空気流入口 (エア)インテイク |
→圧縮機 コンプレッサ |
→燃焼室 コンバッションチャンバ(CC) |
→タービン | →排気口(排気管) イグゾーストノズル(パイプ) |
[編集] ロケットエンジンとの違い
ジェットエンジンは空気と燃料を混合して燃焼させる。ロケットエンジンは空気を使わず、燃料と酸化剤を燃焼させる。ロケットエンジンは空気のない宇宙空間でも使用できるが、ジェットエンジンは空気のある大気圏内でのみ使用できる。
[編集] 圧縮機
2006年現在一般的な軸流式圧縮機(コンプレッサー)は、回転する円盤の周囲に細長い羽(コンプレッサーブレード)の付いた風車のようなもので、これが何段も連なっている。空気が回転する圧縮機を通過すると空気が押し縮められて圧縮される。なお、ジェットエンジンに使われる圧縮機には軸流式と遠心式の2種類がある。
[編集] 圧縮方式
誤解されやすいこと
たとえ航空機がマッハ2の超音速で飛行していても、超音速の気流を吸い込んでそのまま燃焼させているわけではない。
インテークセクションで、マッハ0.4から0.5程度の亜音速にまで減速し、圧力を増加させる(圧力回復)必要がある。
燃焼室へ送り込まれる前段において流入空気は圧縮されるが、その方式は主に「遠心圧縮式」と「軸流圧縮式」に分けられる。圧縮機は通常複数が設けられ、その数は「段数」で数えられる。遠心式圧縮機と軸流式圧縮機が併用される場合もある。
- 遠心圧縮式
- 流入して来た空気をエンジン回転軸の遠心方向に90°偏向させ、ディフューザで圧力を高める方式。構造が簡単で段数が少なくて済み、ある程度の圧力比までは軸流式よりも軽量にすることができる。ターボプロップエンジン・ターボシャフトエンジンに(軸流式との組み合わせも含めて)多い。しかし、遠心式圧縮機は得ようとする推力に比例して半径を大きくとる必要があるため、エンジン直径が大きくなるという欠点を持つ。前面投影面積が大きくなって空気抵抗が増大する。使用する材料も相当な高温下での強度を維持する必要があり高価になる。したがって、大推力エンジンにはほとんど用いられない。
- 軸流圧縮式
- 流入して来た空気を、エンジン回転軸方向に流れて行く間に数段の静翼(ステータ)と動翼(ロータ)を通過させて圧縮する方式。複雑な構造になるが、エンジン直径を小さくすることが出来る。大型のターボジェットエンジン、ターボファンエンジンは軸流圧縮式を用いている。
[編集] タービン
タービンは、高温・高圧の燃焼ガスを吹きつけられて回転する風車であり、その形状は圧縮機とよく似ている。タービンの役目は圧縮機を回転させることであり、タービンと圧縮機は直結されている。このような仕組みのことをターボ(タービンブーストの略)と呼ぶ。タービンはジェットエンジンの中でも最も過酷な環境に晒され、消耗が一番激しい部分。
[編集] ジェットエンジンの種類
ジェットエンジンには以下のような種類がある。しばしば、語尾に「エンジン」を付けずに単に「ターボファン」などと呼ばれる。
狭義には次の2つを指す。
- ターボジェットエンジン(「ピュア」ジェットエンジン)
- ターボファンエンジン
広義には以下のものも含む。
- ターボプロップエンジン
- プロップファン
- ターボシャフトエンジン
- ラムジェットエンジン
- ターボラムジェットエンジン
- スクラムジェットエンジン
- パルスジェットエンジン
- パルスデトネーションエンジン (PDE, Pulse Detonation Engine)
[編集] 初期のジェットエンジン
ジェットエンジン黎明期に製造された形式で、前段の圧縮機が存在しないテストモデル。 流入圧縮効果が期待できる速度域では良好な性能を発揮できる。
[編集] ターボジェットエンジン
タービンの回転力を利用して空気を圧縮し、そこに燃料を噴きつけ燃焼させ、後方に噴射する排気ガスによってのみ推力を得るエンジン。後述するターボファンエンジンに比べ燃費は悪いが、飛行速度(対気速度)に比例して出力が向上するという特徴をもっている。
[編集] 実装
ジェットエンジンが実際の航空機に使われ始めたのはターボジェットエンジンからだった。近年では戦闘機といえども低バイパス比のターボファンエンジンが一般化しており、この方式を使う航空機は減ってきている(2004年現在)。
[編集] ターボファンエンジン
ターボジェットエンジンの前方に、直径の大きなコンプレッサともいえるファンを取りつけたエンジン。ファンはコンプレッサと同じくタービンによって駆動される。ジェットの噴出速度と飛行機の巡航速度をなるべく近づけることで燃料消費の改善を図ったもので、飛行高度や巡航速度の変化が少ない旅客機に多用される。
空気流入口から取り入れた空気すべてを圧縮機→燃焼室へ通すのではなく、一部はファンだけを通過させ、圧縮機などをバイパス(迂回)させ、そのままジェット推進力として利用するのが大きな特徴。
ターボジェットに比べると、
- 燃焼ガスの噴出速度は遅くなるものの、全体として流れる空気の量が増えるため、結果として推力が向上する。
- 燃焼に使わない空気をそのまま推力に利用するため、燃費性能が向上する
- バイパス空気流が燃焼ガスを覆うため、騒音が抑えられる
といった利点がある。ターボジェットを「勢いはあるが、細い噴射」だとすれば、高バイパス比ターボファンの場合は「勢いはさほど強くないが、太い噴射」だと言うことができるであろう。
[編集] バイパス比
ファンのみを通過し圧縮機に吸い込まれない空気の量 (F) を、圧縮機に吸い込まれる空気の量 (C) で割った値 (F/C) をバイパス比 (By-Pass Ratio, BPR) と呼ぶ。たとえばバイパス比5のエンジンならば、圧縮機→燃焼室へと流す空気の、5倍の量の空気がファンだけを通過していることになる。この値は地上静止状態で定義される事が多く、実際には飛行マッハ数によって変わる。通常、バイパス比が高いほど燃費が良く、亜音速飛行に適した性能特性を持つ。
一般的に、バイパス比が1前後のものを低バイパス比、4以上のものを高バイパス比と呼ぶ場合が多い。今日ではバイパス比が9に迫るエンジンが稼動しており、バイパス比10の大台を突破するエンジンも、ボーイング787などの新型旅客機に向けて開発中である。
[編集] 実装
2000年代現在のジェット旅客機の多くが高バイパス比のターボファンエンジンを採用しているが、低バイパス比エンジンを搭載した旅客機も近年まで製造され続け、日本にも数十機単位で存在する(MD-81/87)。
超音速飛行を行う戦闘機の場合、バイパス比の低い、より高速に適したものが採用されている。たとえば、F-22が装備するF119エンジンのバイパス比は1よりも小さい。これは超音速巡航を可能にするためだが、こうなるとかなりターボジェットエンジンに近い。
[編集] ターボプロップエンジン
原理はターボジェットエンジンと同じだが、燃料から得られるエネルギーのほとんどを、プロペラの駆動に使うエンジンのこと。
タービンで得られる出力の一部はコンプレッサの駆動に使われるが、残りは減速ギアボックスを介してプロペラを回転させる。このプロペラによる推力が全推力の大部分を占める(ジェット排気による推力も10%程度あると言われている)。
- マッハ0.5程度までの、亜音速域での飛行が可能
- 亜音速域ではターボファンエンジンよりも燃費に優れる
- ターボファンエンジンよりも推力が小さい
- 高速および高高度での飛行には適さない
- 高周波の騒音を出さない。
といった特徴がある。
出力単位は軸馬力(shp)で表すが、排気推力を併せた総計等価出力(ehp)で表す場合もある。
[編集] 実装
その特徴を生かして、中近距離の路線に多く就航している。こうした路線は利用者もさほど多くないため、搭乗者数に応じた中小型の機体が使われる。機体重量が大きくないため、大推力のターボファンエンジンは必要としない。2005年現在、日本ではSAAB340BやボンバルディアのDHC-8 Q300/Q400が就航している。また戦後唯一の日本製旅客機YS-11もこの方式だった。
一方、ターボプロップエンジンを装備したC-130軍用輸送機は世界中の軍で使用されている。これは燃費の良さからだけのチョイスではなく、ターボファンエンジンよりも排気ガスの温度 (EGT) が格段に低いことを生かし、赤外線追尾式が多い地対空ミサイルから捕捉されにくくすることも企図している。
[編集] ターボシャフトエンジン
コンプレッサ駆動用のタービンと別に、フリータービンと呼ばれるタービンを備えるガスタービンエンジン。 フリータービンにより取り出された出力(トルク)はシャフトとギアボックスを介してロータや車輪に伝達される。
[編集] 実装
主にヘリコプタの動力として用いられている。排気による推力はほとんどなく、排気口が真後ろを向いていないものもある。軍用ヘリコプタでは、赤外線追尾式ミサイルへの対抗手段として、排気温度抑制の試みを行っている。
[編集] ラムジェットエンジン
機械的な圧縮機を使用することなく、動圧、すなわちラム圧により圧縮された空気に燃料を吹き付けて燃焼させ、推力を得るエンジンのこと。超音速で作動するラムジェットエンジンの場合、超音速の空気流をインテイクで亜音速まで減速した上で燃焼させる点が、スクラムジェットエンジンと異なる。 純粋なラムジェットエンジンはタービンとコンプレッサの組み合わせを必要としない。
マッハ3から5程度の超音速飛行に向く出力特性を持っているが、作動域が狭く、設計速度以下では著しく効率が低下し、充分な推力を発生することができない。また、静止状態では動圧が発生しないため、推力を生み出すことが出来ない。そのため、設計速度域に到達させるための推進系が別途必要となる。
[編集] 実装
初期加速用ブースターに固体燃料ロケットを使用したものでは、アメリカの巡航ミサイルナバホ、ボマーク(BOMARC)、イギリスの艦対空ミサイルシーダート、フランスの空対地ミサイルASMPの例がある。また旧ソ連/ロシアではミサイルの動力として多用されており、地対空ミサイルの2K11クルーグ(SA-4 Ganef)、S-200アンガラ(SA-5 Gammon)、2K12クブ(SA-6 Gainful)、艦対艦ミサイルのP-270モスキート(SS-N-22 Sunburn)、P-800ヤッホント、対レーダーミサイル/空対地ミサイルのKh-31(AS-17 Krypton)などの実装例がある。特にKh-31では固体ロケット統合型ラムジェットエンジンが搭載されており、ブースターロケットの固体燃料が燃え尽きた空洞をラムジェットエンジンの燃焼室とする設計が特徴である。
[編集] ターボラムジェットエンジン
ターボジェットエンジンを内蔵したラムジェットエンジン。飛行速度に合わせて流入空気をターボジェットエンジン側へ回すか、完全にバイパスしてラムジェット燃焼させるかを、バイパスフラップなどで制御する。
[編集] 実装
[編集] スクラムジェットエンジン
超音速燃焼(Supersonic combustion)を行うラムジェットエンジンである。ラムジェットエンジンとの違いは、エンジン全域で超音速が保たれる点にある。インテイクから吸入された超音速の大気は、超音速のまま燃焼機に導かれ、超音速燃焼がなされ、燃焼ガスが超音速でノズルから噴射される。このように吸入から排気までのエンジン全域にわたって、作動流体が音速以下に減速されることがないため、広いマッハ数域で高いエンジン性能が維持される。スクラムジェットエンジンは、マッハ5程度から、理論値の上限であるマッハ15までの広い速度域での利用が期待されている。機械的圧縮機によらず、動圧で圧縮が行われる点から、広義のラムジェットエンジンに含まれる。
しかし超音速の気流内で燃焼させなければならないため、エンジン内で燃焼が完了しなかったり、通常の燃焼とは違う意図していない化学反応が起こったりなど、実現が困難であった。 スクラムジェットエンジンの研究には高温衝撃風洞が一般に用いられるが、この装置で得られる試験時間は数十ミリ秒に過ぎない。真空槽を用いた極超音速風洞では数十秒オーダーの燃焼実験が可能だが、大規模な施設であり実験コストが非常に高い。
燃焼速度の速さが要求されるため、燃料には水素が用いられることが多い(ほとんどのジェットエンジンではケロシンを使う)。またラムジェットエンジンと同様、静止状態では作動しないため、作動し始める速度まではロケットエンジンや他のジェットエンジンなど、別の動力により加速する必要がある。
[編集] 実装
宇宙往還機の大気内航行用エンジンとしての利用が考えられている。2004年3月に、NASAのX-43A 実験機がマッハ6.8での作動試験に成功した。この時の実験では、空中発射型ロケットである、ペガサスによってマッハ4.5まで加速され、ロケットとの分離後、X-43Aに搭載されたスクラムジェットエンジンを10秒間作動させることで、マッハ6.8まで到達した。さらに2005年同機でマッハ10に迫る、マッハ9.6というジェットエンジンによる飛行の速度記録を打ち立てた。
[編集] パルスジェットエンジン
空気取り入れ口に設けられたシャッターを高速で開閉することにより、燃焼過程と燃焼ガスの噴出が交互かつ間欠的に行われる方式のジェットエンジン。間欠給排気に由来する独特の排気音が特徴である。
構造がきわめて単純なために製造コストが安く済む。反面、振動や騒音が大きくて燃費も悪い。
[編集] 実装
第二次世界大戦時のナチス・ドイツで、V1飛行爆弾(現在で言う巡航ミサイル)という兵器の動力として採用した。使い捨てというミサイルの性質と、このエンジンの性質が相まって丁度良かった。ただしV1以外では使われているところは皆無に近い。
[編集] コア分離型ターボファンエンジン
現在JAXAが研究中の新型ジェットエンジン。ターボファンの一種だが、圧縮機・燃焼機・タービンを搭載した「コアエンジン」と推力を担う「クラスタファン」を分離しているのが特徴。ファンはコアエンジンからの圧縮空気で作動する。複数のコアで複数のファンを作動させる。JAXAはコアエンジンからの圧縮空気供給先を切り替えることでリフトファンから推進ファンに出力を切り換えるVTOLを計画している。
[編集] 実装
現在設計段階であり、実用機・試作機共にない模様。
[編集] その他
- 一部のターボジェット / ターボファンエンジンはアフターバーナーと呼ばれる再燃焼装置を燃焼室後方に設けることにより、ジェットエンジンに欠ける加速性の改善と推力の増大を図っている。主に離陸や超音速飛行、戦闘機動時に用いられるが、高温の排気に燃料を噴射すると言う構造上、非常に燃費が悪い。
- ジェット排気流をコアンダ効果を用いて偏向させ、短距離離着陸性能を向上させる「パワード・リフト方式」が各国で研究された。日本では航空宇宙技術研究所により「飛鳥」が実験機として製造された。ウクライナでは実際にこの方式を用いた輸送機 (An-72やAn-74) が実用化されている。(詳しくはUSB方式などを参照)
- ロールズロイス製スペイなどのように、航空用ジェットエンジンが船舶用や発電用のガスタービンに転用される例も少なくない。
- ターボフロップエンジンにおいて、高い巡航速度の高効率フロップファンの開発計画などもあるが、実現性は乏しい。
[編集] 関連書籍
- J.L.ケルブロック著、梶 昭次郎訳 ジェットエンジン概論―ガスタービンからスクラムジェットまで-東京大学出版会 ISBN 4-1306-1152-6
- ビル・ガンストン著、見森 昭訳 世界の航空エンジン②ガスタービン編-グランプリ出版 ISBN 4-87687-173-6
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク