ジェノサイド
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ジェノサイド(英:genocide)は、一つの人種・民族・国家・宗教などの構成員に対する抹消行為をさす。元はナチスドイツのユダヤ人虐殺に対して使われたため一般には計画的大虐殺の意味で使われるが国外強制退去による国内の民族浄化、あるいは異民族、異文化・異宗教に対する強制的な同化政策による文化抹消、また国家が不要あるいは望ましくないと見なした集団に対する断種手術の強要あるいは隔離行為など、あくまでも特定の集団の抹消行為を指し、その手段が必ずしも殺戮である必要はない。またこれを目的とした行為は集団殺戮行為も含めて国際法のジェノサイド条約によって人道に対する罪として規定されている。
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[編集] 語源
genocide はギリシャ語のgenos(種族・国家・民族)とラテン語の接尾辞 -cide(殺)の合成語である。ガス室集団虐殺を告発するため、第二次世界大戦中の1944年に、連合国側アメリカで刊行されたユダヤ人ラファエル・レムキンの著『占領下のヨーロッパにおける枢軸国の統治』で使用されたのが最初である。日本語の訳では集団殺害と訳されるがジェノサイドの実際の規定では殺害が伴わない場合があること、また集団殺人でも目的が民族・人種抹殺の目的を伴わない場合はジェノサイドに当らないことを留意する必要がある。
[編集] ジェノサイド条約上の規定
ジェノサイド条約(集団抹殺犯罪の防止及び処罰に関する条約)(第2条)国民的、民族的、人種的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる次のような行為と定義されている。(カッコ内は通説)
- 集団構成員を殺すこと。
- 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
- (拷問、強姦、薬物その他重大な身体や精神への侵害を含む)
- 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
- (医療を含む生存手段や物資に対する簒奪・制限を含み、強制収容・移住・隔離などをその手段とした場合も含む)
- 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
- (結婚・出産・妊娠などの生殖の強制的な制限を含み、強制収容・移住・隔離などをその手段とした場合も含む)
- 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。
- (強制のためのあらゆる手段を含む)
同条約第3条により、次の行為は集団殺害罪として処罰される。
- 集団殺害 (ジェノサイド)
- 集団殺害を犯すための共同謀議
- 集団殺害を犯すことの直接且つ公然の教唆
- 集団殺害の未遂
- 集団殺害の共犯
通説では、集団の全部または一部を破壊する意図があれば足り、いかなる手段や動機・目的・理由付けによるかは問われないとする。また、行為の主体にも限定はなく、客体の人数にも限定はないとされる。
「民族浄化 (ethnic cleansing)」もこれに含まれる。なお、旧ソ連を始めとする共産圏の主張から、「社会階級的、政治・イデオロギーまたは文化的な集団の全部又は一部を破壊する意図をもつて行われた行為」は条約の定義から除外された。
- 旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所規程(第4条)
- (stub)
- 国際刑事裁判所規程(第6条)
- (stub)
人道に対する罪とは構成要件を異にする。すなわち客体は「国民的、民族的、人種的、宗教的な集団の全部または一部」であり、また意図に関する要件(集団の全部または一部を破壊する意図)がある。
[編集] 国際法上のジェノサイド罪
条約上の集団殺害罪に該当するもの。なお、民族浄化の項目も参照のこと。 国連でジェノサイドに当ると認定された行為は意外と少ない。例として
- ルワンダで1994年春に行われた虐殺。進行している虐殺がジェノサイドであると判断される場合は条約調印国全部に介入義務が生じるため、介入を避けようとした調印国の抵抗により国連でその認定が遅れた。虐殺終了後に事後的にジェノサイドであると認定される。(ルワンダ紛争参照)
- ナチスのユダヤ人に対するホロコースト(参考・ガス室)
が挙げられる。
国際世論において大まかにジェノサイドであると見なされているものもある。例として
- トルコのアルメニア人虐殺。トルコ政府はこの見解に反発している。また一部の国においては議会で正式に虐殺であるとの認定が存在する。
- ソビエト連邦における共産党によるウクライナ人虐殺(人工的飢饉)
- 旧ユーゴスラビアにおけるユーゴスラビア紛争、特にボスニア内戦時の民族浄化
- ダルフール紛争における集団虐殺。これは進行中の虐殺である。ジェノサイドであるとの正式な認定が国連で行われていないために強制的な介入は行われていない。
- オーストラリアのアボリジニの強制同化政策。オーストラリアの議会の調査書でこれが条約によって規定されるジェノサイドに当るとの見解が出されたが行政府にはこれに反発している。
[編集] 国際法上のジェノサイドではない大量殺戮の事例
以下は歴史上特筆すべきもの。なお、ジェノサイド条約に言う集団殺害罪の定義には拘束されない。また、前述の集団殺害罪に挙げるものとは重複列挙しない。
- アッシリア・ローマ・秦などの古代国家による異民族・支配下の人々の大虐殺
- 秦による趙兵士40万人虐殺(長平の戦い)
- 項羽による秦兵士20万人虐殺
- アラブ人の南ヨーロッパ征服によるスペイン人虐殺
- 十字軍によるユダヤ人、アラブ人虐殺
- モンゴル帝国によるユーラシア大陸一帯の征服 (バーミヤーン等の都市等の殲滅)
- ヨーロッパ人によるアメリカ大陸先住民・オーストラリア州先住民の殲滅・圧倒
- パラグアイにおけるブラジル軍による虐殺(パラグアイ戦争)
- ソビエト連邦におけるスターリン・共産党による粛清
- 米軍による原爆投下を含む日本本土爆撃
- 中国の文化大革命
- 中国のチベット人、東トルキスタンのムスリムに対する虐殺。
- ベトナム共産党によるベトナム戦争中・後の粛清
- 韓国独立後李承晩政権による済州島島民の虐殺(済州島四・三事件)
[編集] 参考・文化的なジェノサイド
文化的・宗教的な集団の文化的・宗教的・歴史的な存在等の全部または一部を破壊する意図をもって、1つの文化的・宗教的集団の構成員または文化的・宗教的・歴史的な資産に対して行われる行為を、「文化的なジェノサイド」と言う。この概念は、少なくとも国際法上では、確立されていない。
集団が使用しまたは使用した言語の一部または全部の使用の禁止(その言語による書物・記録などの破壊を含む)、知識的階級(学者、賢者、僧侶、祭祀、無形文化財などあらゆる文化的・宗教的・歴史的要素の中心となる人物の階級を含む)の強制収容・移住・隔離、あらゆる重要文化財の組織的破壊(文化的・宗教的・歴史的な書物・偶像・碑柱その他)などが文化的なジェノサイドに該当する。植民地支配もこれに含まれる場合がある。
近年における典型的な例としては次がある。