粛清
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粛清(しゅくせい、purging)とは、権力の場で、自分に対する反対勢力、又は将来自分を脅かす存在になりそうな勢力・人物を弾圧する行為。政治犯をはじめとした死刑執行や追放、刺客を放った闇討ち、強制収容所への送致も含む。
多くの場合、流血の惨事を引き起す。時として、革命や反革命、クーデター、弾圧の一場面としても行なわれる事も多い。一般には、権力者による邪魔者への処刑を意味し、独裁国家においては体制を保つ為に必ずと言って良いほど発生する。また、新たな独裁政権が誕生した後、将来自分又は後継者を脅かしそうな存在を排除するために行われる。
前述したような物理的暴力を伴わなくても、反対派を一方的に組織から追放する行為は粛清と呼ばれる。
「粛正」とよく混同されるが、粛清とは意味が異なり、「組織内部を正すこと」を意味する。「綱紀粛正」が具体例。
[編集] 主な粛清
- 焚書坑儒 - 中国(秦)(紀元前213年 - 紀元前212年)
- ワラキア公ヴラド・ツェペシュ(串刺し公)による粛清 - ルーマニア(15世紀中頃)
- 文字の獄、胡惟庸の獄(明太祖洪武帝)による建国の功臣への粛正(14世紀末頃)
- ユダヤ人追放令 - スペイン(1492年)
- ストックホルムの血浴 - デンマーク(1520年)
- メアリー1世によるプロテスタント粛清 - イギリス(1553年 - 1558年)
- サン・バルテルミの虐殺 - フランス(1572年)
- バテレン追放令 - 日本(1587年)
- 豊臣秀吉によるキリシタン虐殺 - 日本(1596年)
- リンチェピングの血浴(カトリック信徒粛清) - スウェーデン(1600年)
- 文字の獄(雍正帝が反対派粛正)-清(1726年)
- ロベスピエール派の恐怖政治 - フランス(1793年 - 1794年)
- 復古王政下での王党派による白色テロ(百日天下を参照) - フランス(1815年 - 1818年)
- 蛮社の獄 - 日本(1839年)
- 安政の大獄 - 日本(1859年)
- 大逆事件 - 日本(1910年)
- ソビエト連邦(ロシア)下での粛清
- ヒトラー(ナチ政権)下での粛清
- 冷戦下での各国の赤狩り
- 二・二八事件とその後の白色テロ - 台湾(1947年 - 1992年)
- クメール・ルージュによる大粛清 - カンボジア(1975年 - 1979年)
- 文化大革命 - 中国(1966年 - 1977年)
- 北朝鮮における粛清
[編集] 関連項目
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