堆肥
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堆肥(たいひ)とは動植物由来の有機物の残査が発酵したもののこと。腐植土(有機物を腐らせて作った土)のことを言う場合もある。有機資材(有機肥料)と同義で用いられる場合も多いが、有機資材が生の有機物残渣も含むのに対し、堆肥は発酵させた有機物を指すという違いがある。
土壌の構成を改善し、微生物数を増加させ、また養分を供給する目的で、土に混ぜてガーデニングや農業・園芸に用いられる。
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[編集] 堆肥化
有機物の発酵(又は腐敗)は、埋め立てゴミの中や、非常に乾燥した砂漠地帯など、微生物や動植物が生存することが難しい場所を除いた自然界全般で起こるが、堆肥化(たいひか)という場合は、堆肥を効率的に製造するための、微生物の活動にとって最適な条件を整える人為的な作業を言う。
微生物の活動を活発にするためには、次の条件を整えることが必要となる。
上記の条件が最適ではなかった場合、発酵の速度が落ちたり、製品の品質低下につながる。例えば、冷蔵庫のポリ袋入り野菜は微生物によって分解されるが、このとき、空気がないと悪臭を発生する嫌気性の細菌が増殖する。
[編集] 堆肥の生態系
堆肥の中の生態系は、より大きな生態系のミクロコスモスであり、堆肥の製造とは、有機物分解のための適切な生態系を創造するということでもある。堆肥化を効率的に行うためには、分解生物群の活動に適切な環境を維持しなければならない。堆肥の原料は、直接的に有機物を分解する微生物に加え、その分解者を捕食する生物にも住処も提供している。また、彼らの排出物も、分解というプロセスの一部である。
分解を行う生物のうち、もっとも直接的に働くのはバクテリア等の微生物である。その中でも、菌類、糸状菌、原生生物、放線菌(分解される有機物中にしばしば白い繊維状に見えるバクテリア)等が重要である。また、ミミズ、アリ、カタツムリ、ナメクジ、ヤスデ、ワラジムシ、トビムシなども、有機物の消費、分解に寄与する。ムカデや他の捕食者はこれらの分解生物を餌とする。
[編集] 堆肥の成分
堆肥の製造において最も重要なことは、堆肥化バクテリアにとって健全な環境(および養分)を供給することである。この際、材料に含まれる炭素と窒素の比率、即ちC/N比が重要となる。
堆肥化バクテリアは、材料に含まれるタンパク質やアミノ酸などの窒素を取り込んで繁殖しながら、材料に含まれる炭水化物をエネルギー源として分解・消費する。
窒素が多くなるほど(C/N比が低くなるほど)、バクテリアの繁殖が容易で速やかに堆肥化が行われるとともに、製造された堆肥は、作物に対する窒素肥料の供給源としての効果が期待される。一方、窒素の多い堆肥は、土壌の物理性改善への効果は低くなる。また、発酵が不十分なまま土壌に施用すると、土壌中でバクテリアが急激に繁殖することにより、作物の根が障害を受ける(いわゆる根やけ)。
逆に、炭素の多い(C/N比の高い)材料を用いた場合は、堆肥化の速度が遅く、肥料としての効果よりも、土壌の物理性改善への効果が期待される。しかし、発酵が不十分だと、後述する窒素飢餓を引き起こすおそれがある。
成分に関して言えば、堆肥原料のC/N比が25から30の間にあるとき、言い換えると、窒素の25倍から30倍の量の炭素が原料に含まれている状態が、堆肥化にとって最も良い条件と言われる。例えば、草の刈りくずのC/N比はは平均19、乾燥した落ち葉は55とされているので、これらを当量混ぜれば、C/N比はおよそ理想的な範囲に入る。市販の堆肥は、この比率に近づくように調整されて生産されているものが多い。
一方、家庭で堆肥を作る場合には、さまざまな材料のC/N比を計算するのは手間がかかりすぎる。このため、それぞれの原料についてのおおまかな目安を用いて、およその混合比率を出すことになる。
炭素の多い材料には以下のようなものがある。
窒素の多い材料には以下のようなものがある。
鶏糞は大量の窒素を供給するが炭素はほとんど無い。馬糞は両方を供給する。羊、牛糞は鶏糞、馬糞ほどには堆肥の温度が上がらないため、最終製品が出来上がるまでにより長い時間が必要になる。
材料が適切な混合になっているか判断するための目安はいろいろある。厳密な方法ではないが、分量を推定するために、炭素源と窒素源を一定量ずつ交互に積んだり、およそ15センチメートルずつの厚さに材料を層状に重ねていくといった方法がある。材料を混ぜながら加えていく方が一般に分解速度は速いが、炭素源と窒素源を別々に積んでも、多少発酵の速度は落ちるものの、発酵は普通に起こる。
[編集] 水分の調整
堆肥化バクテリアの活動を促進するには、適切な水分の供給も重要である。水分が少なすぎるとバクテリアの繁殖が抑えられ、多すぎると酸素の供給が不十分となり好気性のバクテリアが繁殖しにくくなる。
理想的な水分率は諸説あるが、多くの意見は50%~65%の範囲にあり、握っても手のひらに材料があまり付着しない程度を目安とする。よく絞ったスポンジぐらいに湿った状態と表現されることもある。これにより、堆肥中の生物の生存に必要な湿度、すなわち、微生物がはたらけるような環境を作り出す。
水分が多い家畜糞(主に牛糞)を材料とする場合、堆肥のC/N比の改善と、固相率の改善のために、木材チップ(おがくずを含む)やもみがらを混ぜることもある。堆肥化の際にこれらを投入する場合と、あらかじめ畜舎に木材チップやもみがらを敷いておき、糞尿と混合した状態で材料とする場合がある。
[編集] 堆肥化の技術
好気性の堆肥化には主に二つの方法がある。
- 能動的(恒温)堆肥化
材料を攪拌(切り返し)することにより、材料中の好気的な堆肥化バクテリアに酸素を供給する事で繁殖を助ける。人力による方法と、機械による方法に大きく分かれ、機械による方法は重機を用いるものと、移動式または固定式の自動攪拌装置によるものがある。
- 受動的(低温)堆肥化
攪拌作業を行わず、材料を堆積するのみ。発酵は自然条件での反応に任せる。発酵の速度は一般に遅く、温度も上がりにくいため、堆肥中に病原体や種が残る場合がある。
ほとんどの商業的、工業的な堆肥生産は、能動的プロセスを使っている。このため、高品質の製品が短期間で生産できる。
家庭で堆肥を作る場合は、極めて受動的(あらゆるものを庭の隅に積み上げ1~2年放置する)な方法から極めて能動的(温度を管理し、定期的に攪拌、内容物を常に適正に管理する)な方法まで、さまざまな方法がある。
一部の堆肥生産においては、発酵過程で生じる臭いを吸収するために鉱石の粉を使っているが、適正に管理され、発酵の熟度が高い堆肥は、ほとんど悪臭を発しないものである。
[編集] 微生物と堆肥の温度上昇
堆肥は幅1メートル、高さ1メートル程度に堆積しなければならない。長さは実現可能な限り長い方が良い。最低でも1メートル立方の堆肥を作るメリットは、物質が分解するときの熱をうまく蓄積するための適切な断熱効果をもたらすことである。
バクテリアとその他の微生物は、どの温度が理想的か、分解作用でどれだけの熱を発生させるかの点で、幅広いさまざまなグループに分類される。発酵の初期段階では、摂氏20~40度前後の温度を好む中温菌バクテリア(主に家畜由来の腸内細菌群等)が優勢となり、材料中の糖やデンプン、タンパク質等の比較的分解され易い有機物が分解される。これらのバクテリアは有機物を分解するときに熱を発するので、堆肥の中心部は温度が上昇する。
堆肥内部の温度が摂氏40度以上になると、中温菌群が減少して、より好熱性の(高温を好む)バクテリアである耐熱性菌群や芽胞菌群が増加し、セルロース、へミセルロースなどのより分解性の低い炭水化物の分解がはじまる。これに伴い、堆肥内の温度はより上昇し、ほとんどの病原体や雑草種子が死滅する 摂氏60度~70度前後に達する(この時、堆肥の中心部は、おそらく素手で触ると火傷するくらいになっている)。
この温度上昇がスムーズに達成されることが、品質の良い堆肥製造にとって重要であるが、そうならない場合は、以下のような原因が考えられる。
- 堆肥が湿りすぎている。堆肥化バクテリアに必要な酸素が無くなっている。
- 堆肥が乾きすぎている。バクテリアが生存し繁殖するために必要な水分が不足している。
- タンパク質(窒素を多く含んだ物質)が不足している。
解決策は、材料を足し、必要があれば堆肥をかき混ぜて空気を含ませることである。
堆積したままにしていると、好熱性バクテリア(堆肥の中心部にいる)のためのエネルギー源となる有機物がほぼ分解され、次第に堆肥の温度が下がってくるが、外側と内側を入れ替えるように堆肥を混ぜる(切り返し)と、酸素と未分解の有機物がムラなく供給されるため、再び発酵が促進され温度が上昇する。また、水分が減少している場合は水を加え、堆肥を絞ったスポンジのような湿り具合に保つ。
その堆肥がどれほど早く必要かにもよるが、堆肥は1回かそれ以上の切り返しを行うことで、より短期間での製造が可能となる。
切り返しを行っても温度が上がらなくなったら、それ以上混ぜてもメリットはない。この時点では、高温菌群の活動は低下し、堆肥固有の細菌群(放線菌など)や担子菌類に属する真菌類によって、リグニンや不溶解性窒素化合物などの難分解性物質が分解される。
全ての材料が、こげ茶色または黒くもろい物質に変わってほとんど原形をとどめなくなったら、堆肥の出来上がりである。さらに1年程熟成させる方が、堆肥の効果が長く続くので良いという人もいる。
[編集] その他の材料
堆肥の中に特別な物質や賦活剤を加えるのが良いという人もいる。pHの過度の低下は発酵を遅くするので、消石灰を適量(畜糞の層以外に)加えてpHを調整することがある。
また、ミネラル(微量元素)を補う目的で、海草や細かく粉末化した鉱石を加えることがある。これらは製品としての堆肥成分の一部を補うには有効であるが、発酵の促進に効果があるかどうかについては諸説ある。
その他、発酵を促進するという資材が数多く流通している。堆肥の材料に不足している成分を補給するという目的のものと、堆肥中の微生物相を多様化させることを目的とする資材(いわゆる微生物資材)とがあるが、後者については、外来的に微生物を投入しても、投入した微生物が土壌内で優先しなかったという報告もあるので、微生物を直接投入するという宣伝の資材については、その効果を慎重に見極める必要がある。
[編集] 堆肥の課題
近年の「有機ブーム」に伴い、堆肥の利用が増えているが、堆肥はその成分、製法により性質が大きく違ってくるので、取り扱いには十分な注意が必要である。
- 雑草種子
堆肥の原料となるのは、生物の残渣である。それは、雑草そのものであったり、家畜糞であったりする。材料が雑草そのものである場合、堆肥化の過程で雑草種子が生き残ることがある場合がある。また、家畜糞が材料である場合、飼料中に混入している雑草種子が生存している可能性がある。雑草種子が生きている堆肥を施用した場合、圃場に雑草が繁茂する原因になる。牧草地の草は刈り取り耐性や踏みつけ耐性があるものがあり、雑草としての防除は困難である。
- 窒素飢餓
C/N比の高い堆肥を施用すると、一時的に作物が窒素欠乏に陥る。この現象を窒素飢餓という。これは、土壌中のバクテリアが、堆肥中にある炭素を餌として増殖する際に、多量の窒素(肥料)を取り込むからである。堆肥中の炭素成分をバクテリアが分解してしまうと、バクテリア自身も崩壊し、窒素を放出し、窒素飢餓は解消する。
- カリウムの放出
カリウムは、細胞中にイオンの形で存在する。そのため、生物が死ぬと細胞からカリウムは容易に溶出する。これは、様々な有機物に取り込まれている窒素とは大きく違う点である。窒素のみに注目すると、堆肥は緩効性肥料であるが、カリウムのみに注目すると、堆肥は速効性肥料である。そのため、堆肥の施用量は、堆肥に含まれているカリウムの量に制限される。しかし、通常、堆肥だけを肥料とすることは行われない(堆肥だけを肥料とすると、窒素成分が不足するからである)。そのため、カリウム過剰が発生しやすくなる。
なお、堆肥を数年雨ざらしにしておくことで、カリウムは雨に溶けて流亡する。このような堆肥を施用してもカリウム過剰にはならない。但し、堆肥から流れたカリウムが地下水汚染につながることもある。なお、日本では畜産農家が堆肥を雨ざらしの状態で積んでおくことは、法律で禁止されている。
[編集] Humanure
Humanureは農業用かその他の目的で、堆肥化されて再利用される人間の廃物を指す新語である。この語はジョセフ・ジェンキンズによるこの有機土壌改良剤の利用を説く1999年の本「Humanureハンドブック」によって知られるようになった。
Humanureは廃棄物処理施設で処理される古典的な下水とは異なり、(下水は工業やその他の発生源から出る廃棄物も含んでいる)糞尿、紙、及び追加の炭素を含む物質(おがくずなど)で構成される。
Humanureは人間から出た廃物が適切に堆肥化されている限りは、作物に用いても人体には安全である。これは、廃物が好熱性の分解が、有害な病原体を除去するまで十分に加熱する、及び/または、新しい肥料が加わってから微生物学的活動がほとんどの病原体を殺すのに十分な時間が経過していなければならないことを意味する。作物に用いても安全にする目的で、しばしばphytotoxinを取り除くために二段階目の中温過程が必要になることがある。
Humanureは、下肥(作物に散布される未加工の人間の廃物)とは別のものである。
[編集] 下肥
下肥(しもごえ)は、ほとんどの場合、未加工の人間の廃物(人糞及び人尿)を肥料として用いることを指す。人糞には人間の病気の原因になる微生物(特に寄生虫や大腸菌など)が含まれている可能性があるため、これはとても危険な行為である。
とはいえ、人糞の堆肥が危険であるという認識が広まったのは比較的近年のことである。日本では14世紀の二条河原落書に触れられているのが人糞利用の記録としては最古であり、江戸時代の江戸をはじめとする大都市では近郊の農民が町家の糞尿を購入して、回収した糞尿を用いて堆肥を生産しており、結果的には当時の深刻な都市問題であった人間の廃物処理問題を上手く解決してきたのもまた事実である(こうしたことは第二次世界大戦後に近郊農家の減少や水洗トイレの普及まで各地で見られた。また、他の堆肥同様に化学肥料の普及も減少の一因として挙げられる)。
人間の廃物を安全に堆肥に変えることは可能ではあるが、そのプロセスはやや複雑となる。多くの地方自治体が自治体の下水処理システムから堆肥を生産しているが、それは花壇のみに用いて、食用作物には使わないよう推奨している。また、過剰な重金属を取り除かないと、作物に吸収されるため危険または不適切であるという批判もある。
インドの古代カースト制度では、不可触民に下肥の取り扱いをさせていた。こうした「人力回収」は現在ではインドのほとんどの州で違法とされているが、多くの地方で未だにこうした活動が続けられている。
下水残さの適切な処理と再利用は、重要な研究分野であると同時に、高度に政治的な問題でもある。
[編集] 厩肥
厩肥(きゅうひ)とは家畜などの糞尿や敷藁を原料とした肥料の意味である。
中世の日本では、武士が軍事用に飼育していた馬から排せつされる馬糞を自己や支配下の領民の田畑への肥料として用いていた。