桂米朝 (3代目)
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3代目桂 米朝(かつら べいちょう、1925年11月6日 - )は、旧満州大連市生まれ、兵庫県姫路市出身の上方の落語家。本名、中川 清(なかがわ きよし)。現代の上方落語界を代表する落語家の一人である。
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[編集] 人物
語り口調は端正で上品。容姿も端麗で人気を博す。多くの弟子を育て、そのひとりに長男の桂小米朝がいる。夫人は元OSSK(大阪松竹少女歌劇団、のちのOSK日本歌劇団、現在のNewOSK日本歌劇団)の「駒ひかる」。 持ちネタは多数あるが、代表的なところでは自ら掘り起こした「地獄八景亡者戯」や「百年目」、自作に「一文笛」がある。
[編集] 来歴
幼少時代から落語や浪曲に親しみ、素人落語や落語の上演会を主催する。 大東文化学院(現大東文化大学)在学中、作家であり落語・寄席研究家でもある正岡容(蓉)(まさおか いるる)に入門。正岡を通じ大阪のセミプロ落語家桂米之助(故人)と知り合いとなる。 その後同学院を中退、神戸市で会社員となり一介の落語愛好家として上方落語復興に力を入れていたが、米之助との関係で彼の師匠である4代目桂米團治に教えを乞う機会が生じる。 やがて本格的に落語家を志すようになり、1947年9月に会社勤めをしながら米團治に入門。一旦勤めを辞めるものの、再び姫路市内の郵便局員として1年ほど勤務したのち、プロとなり3代目桂米朝を名乗る。
戎橋松竹でデビュー後、長年千土地興行(のちの日本ドリーム観光)に所属し、千日劇場を本拠に角座やうめだ花月に出演したが、1968年3月以降はフリーとなり、ホール落語を中心に活動するようになる。 翌年千土地時代の担当マネージャーを社長に据え米朝事務所を設立。一門の多くがここに所属する。
1960年代頃からは、タレントとしても「ハイ!土曜日です」、「お笑いとんち袋」(関西テレビ)や「味の招待席」、「和朗亭」(朝日放送)など多数の番組に出演して大人気を博した。 TVコマーシャルの出演は一切拒否しているが、1983年放送の公共広告機構のアイバンクのCMには出演している(このCMは、ラジオ部門のACCグランプリ、秀作賞、タレント賞を受賞した)。
一方で、落語研究家としても活動を行い、一度滅んだ噺を文献から発掘したり、落語界の古老から聞き取り調査をして多数復活させている。 入門当時にはほとんど滅びかけていた上方落語の復興を願い、故6代目笑福亭松鶴らと東奔西走しこれに尽力しており、現在の上方落語の隆盛は松鶴・米朝らの努力の賜物といえる。
その6代目松鶴、5代目桂小文枝(後の故5代目桂文枝)、3代目桂春団治とともに、上方落語の四天王と讃えられた。 しかし、上方落語協会の会長に四天王としては唯一就任できず、反旗を翻した弟子の枝雀一門が1994年に協会を脱退、これにざこば一門も続くという騒動を起こした(米朝は残留し、ざこば一門は2004年に復帰、枝雀一門は脱退のまま)。
1996年、落語家では5代目柳家小さんに続き2人目、上方落語界では初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。
2006年8月8日の未明に自宅で転倒し、第十二胸椎圧迫骨折で入院したが、2006年10月25日には、京都府立文化芸術会館の高座に上がり復帰した。
[編集] 主な門弟
- 詳細は米朝一門を参照。
[編集] 受賞歴
- 1963年:芸術祭文部大臣奨励賞
- 1972年:第1回上方お笑い大賞
- 1978年:大阪芸術賞
- 1980年:芸術選奨文部大臣賞
- 1982年:第10回日本放送演芸大賞功労賞
- 1993年:日本酒大賞
- 1996年:朝日賞
- 2002年:文化功労者顕彰(演芸人として史上初)
[編集] 上記以外の出演番組
- 題名のない番組 (ラジオ大阪、小松左京と)
- 特選!!米朝落語全集 (MBSテレビ・ラジオ)
- 米朝・美智子のほろ宵ばなし (ABCラジオ、鈴木美智子と)
- 米朝よもやま噺 (ABCラジオ、2005年度からスタート)
- 知るを楽しむ・なんでも好奇心「米朝の上方歌舞伎案内」 (NHK教育テレビ、2005年7月度講師)
- こんちわコンちゃんお昼ですよ! (MBSラジオ、月1回のゲスト)
- 平成狸合戦ぽんぽこ
[編集] CD・カセットテープ
- 「米朝艶笑上方落語 いろはにほへと」 (全2集、1988年6月25日、東芝EMI)
- 「特選!!米朝落語全集」 (全40集、1989年12月13日 - 1993年12月22日、東芝EMI)
- 「米朝珍品集」 (全8集、1989年12月6日 - 1999年4月28日、東芝EMI)
- 「桂米朝 上方落語大全集」 (全4集、2006年6月28日 - 7月26日、東芝EMI)
[編集] DVD・ビデオ
[編集] 著書
- 『上方落語 桂米朝コレクション』 (文庫、全8巻、筑摩書房)
- 『上方落語ノート』 (単行本、全4巻、青蛙房、1978年1月 - 1998年1月)
- 『米朝落語全集』 (単行本、全7巻、創元社、1980年1月 - 1982年1月)
- 『日本の名随筆 22』 (単行本、作品社、1984年1月)
- 『米朝ばなし―上方落語地図』 (文庫、講談社、1984年11月)
- 『落語と私』 (文庫、文藝春秋、1986年3月)
- 『一芸一談』 (単行本、淡交社、1991年2月)
- 『友あり駄句あり三十年―恥多き男づきあい春重ね』 (単行本、東京やなぎ句会編、日本経済新聞社、1999年3月)
- 『米朝・上岡が語る昭和上方漫才』 (単行本、上岡龍太郎との共著、朝日新聞社、2000年6月)
- 『桂米朝 私の履歴書』 (単行本、日本経済新聞社、2002年4月)
- 『上方落語 桂米朝コレクション』 (文庫、全8巻、筑摩書房、2002年9月 - 2003年7月)
- 『対談 笑いの世界』 (単行本、共著、朝日新聞社、2003年9月9日)
- 『桂米朝集成 上方落語』 (単行本、全4巻、豊田善敬・戸田学編、岩波書店、2004年11月 - 2005年2月)
- 『落語と私』 (単行本、ポプラ社、新装改訂版、2005年11月)
- 『桂米朝座談』 (単行本、全2巻、豊田善敬・戸田学編、岩波書店、2005年12月 - 2006年1月)
[編集] 関連書籍
- 『じごくのそうべえ―桂米朝・上方落語・地獄八景より』 (童心社、田島征彦作・絵、1978年1月、ISBN 4-494-01203-3)
- 『桂米朝 噺の世界』 (写真集、宮崎金次郎撮影、小佐田定雄著、向陽書房、2002年4月、ISBN 4-906108-46-6)
- 『なにわ華がたり―中川絹子 桂米朝と一門をささえた半世記』 (単行本、廓正子著、淡交社、2004年7月、ISBN 4-473-03182-9)
- 『なんでも好奇心 2005年6/7月』 (ムック、「米朝の上方歌舞伎案内」、日本放送出版協会、2005年5月25日、ISBN 4-14-189125-8)
[編集] 出典
- 桂米朝 - 米朝事務所公式プロフィール
- 協会員プロフィール:桂米朝 - 上方落語協会公式プロフィール
- 1982年度作品 - 公共広告機構のサイト内の記事