田之尻駅
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田之尻駅(たのしりえき)は広島県山県郡筒賀村中筒賀(廃駅当時、現:広島県山県郡安芸太田町中筒賀)に存在した西日本旅客鉄道(JR西日本)可部線の駅(廃駅)である。1956年12月20日に筒賀駅として開設されたが、JR可部線非電化区間(可部~三段峡間、延長46.2km)の廃止に伴い2003年12月1日に廃駅になった。
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[編集] 駅名の由来
- 駅付近の小字から。
[編集] 駅の様子
- 無人駅で駅舎はなく、線路の西側にあるプラットホームの上に待合室があるだけだった。
- プラットホームは一面しかなく、列車の交換は不可能だった。
[編集] 駅の周辺
- 駅のすぐ東側を太田川が流れている。
- 駅のすぐ西側をずっと太田川右岸に沿って通っている広島県道304号中筒賀下線が通っている。
- 駅には山県郡加計町(現:安芸太田町)津浪から太田川にかかる筒賀橋を渡って駅前に至る広島県道241号筒賀停車場線と、山県郡筒賀村(現:安芸太田町)上筒賀から井仁の棚田のそばを通って駅前に至る広島県道303号上筒賀筒賀停車場線の2つの県道が通じている。JR可部線・可部~三段峡間廃止当時広島県には停車場県道が55路線(いずれも一般県道)あったが、同じ駅に通じる複数の路線が設定されているのはこの田之尻駅だけである。
- 広島県道241号筒賀停車場線・広島県道303号上筒賀筒賀停車場線とも路線名称に開設当初の駅名が入っているが、これは認定(1969年5月30日広島県告示第428号)当時国鉄(当時)可部線・可部~加計間が赤字83線の一つに選定されており、いつ廃止されてもおかしくない状況にあったことが考えられる。結局認定から34年6ヶ月後にその付近の可部線は廃止されるのだが、田之尻駅廃止後もこの2路線は廃止・再編されないまま存続している。
[編集] 沿革
- 1954年3月30日国鉄(当時)可部線・布~加計間が開通する。当時は田之尻・香草両駅がなく、坪野駅を出た列車が次に停車するのは津浪駅であった。すなわち、当時の広島県山県郡筒賀村には鉄道は通っていても駅は全くなかった。
- 1956年12月20日河戸・今井田・毛木の各駅とともに開設される。開設には筒賀村側からの強い要望があったと思われ、山越え道をたどる必要があるが筒賀村民も鉄道の恩恵に浴することになった。当時の駅名はそういうこともあって筒賀駅となり、所在地表示は広島県山県郡筒賀村中筒賀であった。
- 1969年5月30日田之尻駅前に通じる広島県道筒賀停車場線と広島県道上筒賀筒賀停車場線が同日の広島県告示第428号により認定される(現行の県道番号になったのはその約3年半後の1972年11月1日からである)。
- 1969年7月1日国鉄本郷線(加計~三段峡間の建設路線名。山県郡戸河内町中心部の小字から命名。開業と同時に可部線に編入)開業が1969年7月27日に迫り、筒賀村中心部の近くに改めて筒賀駅が開設されることになったため、駅付近の小字を採って田之尻駅と改称する。
- 1987年4月1日国鉄の分割・民営化により可部線がJR西日本の路線に移行する。
- 2003年12月1日JR可部線・可部~三段峡間が廃止され、田之尻駅も47年の歴史に終止符を打つ。