カート・ヴォネガット
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カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut, 1922年11月11日 - )は、アメリカの小説家、エッセイスト、劇作家。 カート・ヴォネガット・ジュニア(Kurt Vonnegut Jr.)としても知られる。 抑制された独特の語り口で人類に対する絶望と皮肉と愛情をシニカルかつユーモラスに表現した作品を多く手がけた、現代アメリカ文学を代表する作家の一人。 代表作に『タイタンの妖女』『猫のゆりかご』『スローターハウス5』など。 マサチューセッツ州在住。
目次 |
[編集] 人生と作品
1922年11月11日、インディアナ州インディアナポリスでドイツ系移民四世として生まれる。 この日は第一次世界大戦の終戦からちょうど3年目。 ヴォネガットは自分が「休戦記念日」生まれであることを誇りとしており、後に「復員軍人の日」と名称が変更された際には苦々しい思いを抱いたようである。
1940年、コーネル大学で生化学を学ぶ一方、学内紙「コーネル・デイリー・サン」の編集局長を務める。
1944年5月14日、母エディス(Edith Vonnegut)が睡眠薬自殺。 「母の日」前日のこの悲劇は、生活の困窮や息子のドイツ戦線配属を苦にしたものという。
1945年、戦地から帰還し、幼馴染のジェーン・マリー・コックス(Jane Marie Cox)と結婚。 1947年までの3年間、シカゴ大学大学院で人類学を学ぶ。博士論文は受理されず。
1947年から1950年まで、ゼネラル・エレクトリック社に務める。
1950年、短編『バーンハウス効果に関する報告書』(Report on the Barnhouse Effect)でSF作家カート・ヴォネガット・ジュニアとしてデビュー。 広告業などと並行して作品を発表。
1951年、マサチューセッツ州ケープコッドに居を移し、作家専業に。
1952年、初の長編『プレイヤー・ピアノ』刊行。
1963年、『猫のゆりかご』刊行。批評家から好意的にむかえられる。以降、学生たちを中心に徐々に人気を得る。
1966年、既刊の全作品がペーパーバックで再版。
1969年、『スローターハウス5』刊行。
1970年、妻ジェーンと離婚。ヨギに傾倒する妻と確信的無神論者であるヴォネガットの間の宗教上の不一致が原因という。ヴォネガットは後に、写真家・児童文学者のジル・クレメンツ(Jill Krementz)と再婚。
1960年代後半、長男マーク(Mark Vonnegut 尊敬するマーク・トウェインからとられた名前。ヴォネガットは「新世代のマーク・トウェイン」とよばれた)が統合失調症の発作に苦しむ。マークは後にこの体験を『エデン特急 ヒッピーと狂気の記録』(The Eden Express 1975 みすず書房より邦訳)としてまとめた。
『スラップスティック』以後の作品はすべてカート・ヴォネガット名義。
1997年、『タイムクエイク』のまえがきにおいて、同書が長編としては「わたしの最後の本」になると表明し、以降はエッセイやイラストの発表、講演等を中心に活動している。
[編集] ドレスデンの経験と『スローターハウス5』
1944年、ヴォネガットはアメリカ合衆国第106歩兵隊員として第二次世界大戦のドイツ戦線に参加した。バルジの戦いで捕虜となり、連れて行かれていたドレスデンで、同盟軍(英米の空爆部隊)によっておこなわれた空爆(いわゆるドレスデン大空襲。芸術品と謳われたドレスデン市街は壊滅、死傷者10万人を超えた第二次大戦中のヨーロッパで最悪の爆撃)を経験した。
この深刻な体験は、(ヴォネガット自身は否定するが)彼が作家になる契機、作家としての彼の根源的体験とも言われ、20年以上の時を経た『スローターハウス5』において初めて顕示的に主題化された。「大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつない」という言葉通りの奇妙な形式をもつこの半自伝的作品によって、ヴォネガットは現代アメリカ作家として決定的な評価を獲得することになる。
また、『スローターハウス5』では60年代の諸作品(『母なる夜』『タイタンの妖女』『猫のゆりかご』)とならんで、『チャンピオンたちの朝食』以降の後期作に受け継がれていく特徴的なスタイル(架空の人物の自伝的形態を採る、まえがきを持つ、イラストの多用、印象的な挿話を連ねる)が全面的に展開されたことでも注目される。
[編集] キルゴア・トラウト
ヴォネガットの作品には、慈善家エリオット・ローズウォーター、ナチ宣伝員ハワード・W・キャンベル・ジュニア、ラムファード一族、トラルファマドール星人などの架空の固有名が複数の作品にまたがって登場する。
なかでもスタージョンをモデルに造形されたといわれるSF作家キルゴア・トラウトはヴォネガット自身の分身とも言われ、『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』で初登場して以来、長編ではおなじみの人物であり、『タイムクエイク』では主役として活躍する。 『モンキーハウスへようこそ』以降、短編を著していないヴォネガットが、トラウトの小説のあらすじという形で短編用のアイデアを披露している点も見逃せない。
また、フィリップ・ホセ・ファーマーはキルゴア・トラウト名義で『貝殻の上のヴィーナス』(Venus on the Half-Shell 1975)を発表し話題となった。
[編集] その他
1965年から3年間、アイオワ大学創作科で教鞭を執る。 アーヴィングは同科在籍中、ヴォネガットの薫陶を受けた。
映画『バック・トゥ・スクール』(監督アラン・メッター 1986)には、ヴォネガット自身の役で出演。
[編集] 日本での受容
日本においては1960年代後半から、翻訳家浅倉久志・伊藤典夫等によって精力的に紹介され、後の隆盛を準備した。
1980年代、日本でも認知がすすみヴォネガットブームとも言える状況が到来、主要な著作の大半が和田誠のカバーイラストを伴ってハヤカワ文庫SF(早川書房)より刊行され、多くのファンを獲得した。 ヴォネガットから影響を受けたとされる村上春樹(とりわけ『風の歌を聴け』)や高橋源一郎、橋本治等の若手作家たちの台頭もこの時期。
1984年には国際ペン大会に、ロブ=グリエ、巴金等と共にゲストとして来日し、大江健三郎とも会談。
爆笑問題の太田光はヴォネガットファンとして有名。彼らの所属事務所である「タイタン」の名称は『タイタンの妖女』から取られたものである。
[編集] 作品の一覧
[編集] 長編
長編はすべて邦訳されているが、いくつかは現在絶版状態。
- プレイヤー・ピアノ(Player Piano 1952)
- アンチユートピア小説、初の長編。ハヤカワ文庫SF青背第1号。
- タイタンの妖女(The Sirens of Titan 1959)
- 1973年度星雲賞海外長編部門を受賞。
- 母なる夜(Mother Night 1961)
- 最初のSF的要素がない長編。内容的に『スローターハウス5』と対をなす。
- 猫のゆりかご(Cat's Cradle 1963)
- 架空の宗教「ボコノン教」が描かれる。矢作俊彦の小説『ららら科學の子』では、狂言回しの小道具として本書が登場。
- ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを(God Bless You, Mr. Rosewater, or Pearls Before Swine 1965)
- スローターハウス5(Slaughterhouse-Five, or The Children's Crusade 1969)
- 『屠殺場5号』から改題。ルイ=フェルディナン・セリーヌの『夜の果てへの旅』、および『なしくずしの死』から想を得ている。
- チャンピオンたちの朝食(Breakfast of Champions, or Goodbye, Blue Monday 1973)
- スラップスティック(Slapstick, or Lonesome No More 1976)
- ジェイルバード(Jailbird 1979)
- デッドアイディック(Deadeye Dick 1982)
- ガラパゴスの箱舟(Galápagos 1985)
- 青ひげ(Bluebeard 1987)
- ホーカス・ポーカス(Hocus Pocus 1990)
- タイムクエイク(Timequake 1997)
[編集] 短編集
いずれも初期の短編を収録。
- Canary in a Cathouse 1961
- 収められた短編の大半は『モンキーハウスにようこそ』に再録。
- モンキーハウスへようこそ(Welcome to the Monkey House 1968)
- バゴンボの嗅ぎタバコ入れ(Bagombo Snuff Box 1999)
[編集] エッセイなど
- ヴォネガット、大いに語る(Wampeters, Foma and Granfalloons 1974)
- パームサンデー(Palm Sunday, An Autobiographical Collage 1981)
- 自作の採点をおこなっている。
- 死よりも悪い運命(Fates Worse than Death 1991)
- God Bless You, Dr. Kevorkian 1999
- A Man Without a Country 2005
[編集] 戯曲
- さよならハッピー・バースデイ(Happy Birthday, Wanda June 1970)
- Make Up Your Mind 1993
- Miss Temptation 1993
- L'Histoire du Soldat 1993
- 脚色
[編集] 文献
『吾が魂のイロニー カート・ヴォネガットJr.の研究読本』(1984)北宋社 絶版。村上春樹、高橋源一郎、池澤夏樹、三浦雅士などが寄稿している。
[編集] 映像化作品
- Happy Birthday, Wanda June(監督マーク・ロブソン 1971)
- スローターハウス5(監督ジョージ・ロイ・ヒル 1972)
- Slapstick of Another Kind(監督ジェリー・ルイス 1984)
- マザーナイト(監督キース・ゴードン、主演ニック・ノルティ 1996)
- 『母なる夜』を映画化。ヴォネガットも出演。
- ブレックファースト・オブ・チャンピオンズ(監督アラン・ルドルフ、主演ブルース・ウィリス 1998)
- 『チャンピオンたちの朝食』を映画化。
[編集] 関連項目
- ヴォネガットはセリーヌの亡命三部作(米国ペンギン・ブック版)に序文を寄せた。この文章は「パームサンデー」に再録。
[編集] 関連リンク
- VONNEGUT.comオフィシャルホームページ(英語)
- カート・ヴォネガット非公式ページ非公式ファンサイト(日本語)
カテゴリ: アメリカ合衆国の小説家 | SF作家 | 1922年生