トヨタ・カローラ
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カローラ (COROLLA) は、トヨタ自動車が生産する小型の乗用車である。
1969年から2001年までの33年間連続して、派生車を作るなどし車名別国内販売台数1位を維持するなど、日本を代表する車種である。また、2002年には年間世界販売台数が初めて100万台を突破した。更に2005年には、累計生産台数3,000万台を達成し2006年現在世界140ヶ国以上の国で販売されており世界で最も多く販売されている乗用型の自動車でもある。その名前は同社の大型セダン「クラウン」の「王冠」、中型セダン「コロナ」の「光冠」に対して、「花冠」(花で作った冠ではなく、花において花弁が環状に連なっている部分を指す。語源はラテン語)を意味する。また、同社にはほかに「冠」をもじった大型前輪駆動セダン「カムリ」がある。
現行モデルとしては、日本ではセダンの「カローラアクシオ(COROLLA Axio)」、ステーションワゴンの「カローラフィールダー(COROLLA FIELDER)」、ミニバンの「カローラスパシオ(COROLLA SPACIO)」がある。
以前は5ドアハッチバックの「カローラランクス(COROLLA RUNX)」(ネッツ店での兄弟車「アレックス(ALLEX)」もあった)もあったが、2006年10月に新型欧州戦略車「オーリス(AURIS)」を同車の後継として導入し、ハッチバックのカローラ名は終了した。ランクスおよびアレックスは日本においてはカローラの若年層向け異型車として展開されていたが、オーリスはアレックスのネッツ店専売車種となっている。 2006年7月に東京・お台場のMEGAWEBでカローラ生誕40周年記念展示が行われ、初代から9代目までのカローラとAE86レビン、スパシオの欧州向け兄弟車「カローラ・ヴァーソ」、ヴォルツの北米向け兄弟車「マトリックス」が展示された。マスコミ向けに行われた撮影会では内装まで撮影できたが一般公開では囲いがしてあり、外観しか見られなかった。ちなみに多くの車のリアには販売会社のステッカー(トヨタカローラ徳島など)が貼ってあり、実際に走っていた車であることが分かる。
目次
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[編集] 型式表記の凡例
トヨタ自動車では通例として、「エンジン型式記号+車種記号+世代あるいはバリエーション別・開発順番号表記+開発順の車型番号・・・」の順に記される。
- 例:初代カローラ KE10
- 「Kシリーズのエンジンを搭載する(K)+カローラ(E)の+初代(1)+車体形状などの開発順(0などの数字)」
- 3代目コロナ RT40
- 「Rシリーズのエンジンを搭載する(R)+コロナ(T)の+3代目(4)+車体形状などの開発順(0などの数字)」
- 初代コロナマークII RT60
- 「Rシリーズのエンジンを搭載する(R)+コロナ(T)の+バリエーション(6)+車体形状などの開発順(0などの数字)」
- 2代目コロナマークII Lシリーズ MX20
- 「Mシリーズのエンジンを搭載する(M)+マークII(X)の+2代目(2)+車体形状などの開発順(0などの数字)」
この項では、同一車種で異なるエンジンを搭載する場合の煩瑣な例を避けるため、各世代の表記についてはエンジンの型式記号を除いた「Exx系」と統一して呼称することとし、世代内の車種については、車種の特徴をあらわす意味も含め、通称としてエンジン記号も適宜付すこととする。
[編集] 歴史
[編集] 初代(E10系、1966年-1970年)
[編集] 開発
1960年代後半、日本では本格的なモータリゼーション時代を迎え、各自動車メーカーは車種の充実をはじめた。カローラは、エントリーモデルであり、国民車構想の流れを汲むパブリカと、量販車種であり、排気量のアップや車体の大型化により車格が上昇したコロナの中間に位置する量販車種として、1962年ごろに初めて企画された。トヨタは、パブリカが実用的に過ぎたため人気を得られなかったと分析し、実用以上の「魅力」を付加することを目標とし、開発理念として「80点主義」を掲げた。エンジンは、パブリカの空冷2気筒700cc(のちに800cc)に対して、先行して開発されていた水冷4気筒で中高回転域での追従性に優れたハイカムシャフト方式で5ベアリングのクランクシャフトを用いたOHV式の1000ccエンジンを搭載することとした。
車両重量その他の計算から、時速100kmで巡航するために必要な最高出力を60psとし、その出力を余裕を持って発揮するという名目から、また、後述するサニーに対抗するため、発売前の最終段階にはエンジン排気量が1100cc(実際は1077cc)に決定された。エンジン形式はK型である。そのほか、クラス初のフロアシフトによる4段トランスミッション、国産車として初のマクファーソン・ストラット式の前輪独立懸架(ただし、スタビライザーは横置きリーフ式)などの新機構が取り入れられた。また、トヨタはカローラ生産のために新工場(高岡工場)を建設し、年間2万台の生産と販売を目標とした。また、国産車で初めてエクステリア上のバンパーフェイスが排除されたのがこの初代カローラである。
[編集] ライバルの先行登場
ほぼ同時期、日産自動車でも、やはり大型化したブルーバード(P410型)の下位車種として、排気量1000ccの新型車が構想され、車名公募などのティーザー・キャンペーンが大々的に行われた。この車はダットサン・サニーと名づけられ、1966年4月に発売された。
[編集] 発売前キャンペーン
サニー発売に遅れること5ヶ月、1966年9月に「カローラ」という車名と、セミファストバックスタイルのボディの一部のみを見せるティザー・キャンペーンが行われた。この時から用いられた「プラス100ccの余裕」というキャッチコピーは、新開発のK型水冷4気筒5ベアリング・ハイカムシャフトOHVエンジンの排気量(1100cc)を表現したものであり、同時に「日本のハイ・コンパクトカー」を称して、パブリカや、あるいは同クラスの他社製品より上質であることを訴えた。初代カローラ(E10系)は翌10月、東京モーターショーで発表される。同年10月28日には「お茶の間発表会」と銘打ち、当時トヨタが提供していた日本テレビのゴールデンタイム(午後9時からの1時間)に特別番組「カローラビッグバラエティショウ」を放送、梓みちよ・北島三郎・坂本九など、当時の流行歌手が出演した。
このような発売前の大々的なキャンペーンを経て、カローラは翌11月に発売された。各グレードの販売価格は、スタンダード432,000円、スペシャル472,000円、デラックス495,000円であった。「100ccの余裕」は、余裕を謳う反面、税制上は不利であったが、販売台数はサニーを上回った。
[編集] 車種の追加
発売当初は2ドアセダンのみのラインナップであったが、翌1967年5月、4ドアセダンとバン(KE16型)、トヨグライド式2速AT仕様車が追加された。4ドアは2ドアセダンの25,000円高、トヨグライド仕様はマニュアル仕様の38,000円高であった。ほぼ同時期、サニーにも同様の車種追加がなされている。
1968年4月にはマイナーチェンジが行われる。計器盤のソフトパッド化、メーターへの無反射ガラス採用、2スピードワイパーの標準装備化、メーカーオプションでフロントディスクブレーキが用意される(15,000円高)など、「33項目の安全対策」をアピールした。同時にクーペモデルのスプリンター(別項参照)が登場、セダンにも73psのツインキャブエンジンを搭載するSLが車種追加され、SL以外のグレードにはコラムシフト車も追加された。なお、この年から米国・欧州への輸出が開始された。
1969年9月の改良では、全車に排気量を100ccアップした3Kエンジンを搭載する(KE11型)。シングルキャブモデルは68psを発揮、新たに圧縮比を高めて出力を73psに増した3K-D型エンジンを積むハイ・デラックスが車種追加される。SLにはツインキャブの77psエンジン(3K-B型)が搭載された。また、乗り心地やハンドリングを向上させるため全車にフロントサスペンションのスタビライザーが横置きリーフ式からテンションロッド式に改められ、ロアアームの形状がA字型からI字型に改められた(フロントサスペンションの形状の一部改良、変更により本来の意味でのマクファーソン・ストラット式になった。この方式のフロントサスペンションはAE85型/AE86型のカローラレビン、スプリンタートレノまで踏襲される)。
ちなみに、E10系のデビュー当初のCMキャラクターは俳優の竜雷太を起用していた。
[編集] 2代目(E20系、1970年-1974年)
1970年5月、初のモデルチェンジ。E20系となる。V字型クロスフロー配置のOHV方式(メカニズム的にクライスラーのHEMIヘッドエンジンを手本にしたといわれている)を用いたT型1400ccエンジン搭載モデル(1600cc、2T型OHVエンジンもメカニズムは共通)登場。クーペ発売。1972年3月には、2T-G型DOHCエンジンを搭載するレビン(TE27型)が登場。ステアリング形式は初代のウォーム・セクター方式からボール・ナット(リサーキュレーティング・ボール)方式に進化した。
[編集] 3代目(E30系/E50系、1974年-1979年)
[編集] ひとまわり大きくなり、国際競争力も向上
1974年4月、E30系にモデルチェンジ。3代目カローラは、型式番号より「さんまる」と称されて登場した(同時にスプリンターはE40系となり、型式としては独立したシリーズになった)。
従来通り1200/1400/1600の3シリーズ構成で、グレードはセダン1200STD/DX/HI-DX/SL、1400DX/HI-DX/SL,1600HI-DX/GSL、ハードトップ1200DX/HI-DX/SL/SR、1400DX/HI-DX/SL、1600HI-DX/SR/GSL、そしてホッテストバージョンの「レビン」であった。
ボディータイプは2ドア・4ドアのほか、クーペに代わってハードトップがカローラ専用に与えられた(スプリンターはクーペが与えられた)。また、1200と1400/1600シリーズで2種類のフロント及びリアのデザインが与えられている。従来型よりひと回り以上大きくなったボディーは、走行安定性や室内居住空間の拡大といった「ゆとり」を生むとともに、来たるべき排出ガス規制にあわせ、処理デバイスを取り付ける空間の確保という意味合いもあった。
メカニズムは従来型のキャリーオーバーである。エンジンは1200が3Kの改良型3K-H(STD,DX,HI-DX)/ツインキャブレギュラー仕様の3K-B型(SL,SR)。1400がT型(DX,HI-DX)/T-BR型(SL)、1600が2T型(HI-DX)/2T-BR型(GSL)、そして2T-GR型(レビン)及び2T-G型(同有鉛ハイオク仕様)である。トランスミッションは4速MT、5速MT、2速ATの設定のほか、1400以上はコロナ用の3速ATも準備された。シャシーはフロントストラット、リアリーフスプリングである。
安全対策も充分に配慮され、全車フロントインストゥルメントパネルはフルパッドで覆われており、自動巻取式のフロント連続3点シートベルトはトヨタ車初の採用である。DX以上は衝撃吸収ステアリングコラムが、HI-DX以上はフロントディスクブレーキが標準採用されている。
このように、車格がコロナ並にあげられた3代目は、カローラの歴代中最も生産台数が多い車種となった。
[編集] オイルショックとキャンペーン自粛
当時は第一次オイルショックや排気ガス問題がクローズアップされ、自動車メーカーに対しても新型車開発及び発売自粛を求められていた時期で、発売前には国会で問題として取り上げられる事態となった。そのため、新聞広告を減らし、キャッチフレーズに新型と明記せず、従来型の20系を「にーまる」として併売するなど、いわゆる派手な新型車キャンペーンは自粛された。
[編集] 排気ガス規制とマイナーチェンジ
昭和48年、50年、51年、53年排気ガス規制の間に販売された3代目は、エンジンの改良の度に変更が繰り返され、その過程で形式が30系から50系、55系と増えていった。変更の履歴概要は次の通り。
- 1974年4月 カローラ30登場。
- 1200シリーズ KE30(セダン)、KE35(ハードトップ)
- 1400シリーズ TE30(セダン)、TE35(ハードトップ)
- 1600シリーズ TE31(セダン)、TE37(ハードトップ)
- バン 1200/1400 KE36V、TE36V
- 1975年1月 ハイオク仕様車廃止。
- 1975年11月
- 1400シリーズ T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和50年排出ガス規制適合。型式名はA-TE30(セダン)、A-TE35(ハードトップ)。
- 1600シリーズ 2T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和50年排出ガス規制適合。型式名はA-TE31(セダン)、A-TE37(ハードトップ)。
- バンシリーズ 昭和50年排出ガス規制適合。型式名はH-KE36V/H-TE36V。
- 2T-GR型エンジン廃止に伴い、レビンシリーズ生産中止。同時にデザイン小変更。ボンネット熱抜きグリルがダイカスト別体型からボンネットプレス一体型に。ドアロックが丸から四角に(セダン系)。
- スピードメーターが180キロ表示から160キロ表示に。排気温警告灯追加。リア2点式シートベルト追加。
- 1976年1月
- リフトバックシリーズ発表。スプリンタークーペのボデーにリヤゲートを追加したもの。
- 1200シリーズ 3K-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-KE50。
- 新1600シリーズ 12T型エンジン(TTC-L 希薄燃焼方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE52。
- 1976年5月
- 1600シリーズ 2T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE51。
- 1977年1月 マイナーチェンジ。
- 1400シリーズ T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE50。
- レビンシリーズ、従来の2T-G型エンジンに電子燃料噴射装置(EFI)を追加した2T-GEU型エンジンで昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE51。
- セダン・ハードトップの外装はフロント・リアデザイン変更。フロントエプロンはスポイラー形状になる。
- クーペシリーズ追加。レビンはハードトップからクーペに変更。(同時にスプリンターにはハードトップ追加)
- 内装はインパネがセダン・ハードトップ・クーペとも、マイナーチェンジ前のものとは全く別デザインとなる。
- 上級車種には対米輸出仕様と同じ5マイルバンパー(大型バンパー)が装備された。
- 1977年8月
- 1600シリーズ(MT車のみ)12T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和53年排出ガス規制適合。型式名はE-TE56。
- 1977年10月
- 1200シリーズ(MT車のみ)の排気量を1300ccに拡大し、4K-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和53年排出ガス規制適合。型式名はE-KE55。
- 1978年5月 マイナーチェンジ。
- 1400シリーズを除き、昭和53年排出ガス規制適合。1200シリーズAT車も1300ccの4K-U、1600シリーズのAT車も12T-Uに変更。2T-GEU搭載車はE-TE55に型式変更。
- 外装は、セダン・ハードトップが排気量により2種類あったフロントデザインを中止し、排気量問わずセダン用、ハードトップ用のみとした。CP、LB用も意匠変更。
- STD、バンを除き大型バンパー採用。左右テールライトの間に社名入りガーニッシュ採用。セダンドアサッシをブラックアウト化。
- ホイールキャップを中止し、KP61型スターレットと同じデザインのスチールホイールとした。
- 内装に変更はなし(サイドデフロスタ、チャイルドロックを標準とした)
- シリーズのグレード構成を縮小した。
[編集] 4代目(E70系、1979年-1983年)
1979年3月、4代目にモデルチェンジ。主力の1400ccT-U型に代わって新開発の1500cc、3A-U型(カローラ史上初のSOHCガソリンエンジン)が搭載される。
ボディバリエーションはE50系と同じ(2ドアセダン、4ドアセダン、2ドアハードトップ、3ドアクーペ<レビンも存在する>、3ドアリフトバック、3ドアバン、5ドアバン<E70系バンは1987年8月まで生産された。また、日本向けにE70系5ドアバンをベースとしたワゴンが1982年に追加されている。これが日本向けとして初のカローラワゴンの誕生である。エンジンは1300ccの4K-U型でグレードは1300GLの1グレードでトランスミッションは4速MTのみ。E70系ワゴンも1985年8月に大規模なフェイスリフトを実施し1987年8月頃まで生産された>)。ステアリング形式はデビュー当初は1300cc車のみラック&ピニオン形式だったが1981年のマイナーチェンジ後には1500cc車にも採用される。また、この4代目カローラから全車にフロントディスクブレーキを採用する。
1979年には、1600シリーズの代替として上級小型車に搭載されている1800cc、13T-U型(OHV、95馬力(グロス値))ガソリンエンジン搭載の1800シリーズが登場するが、車重増加(特にフロントまわりの重量増加)によるドライバビリティやハンドリングの低下と、税制上の問題から販売不振となり、1981年にカタログ落ち(廃止)となる。
1981年に大規模なマイナーチェンジ。バンを除く全車に異形角型2灯式ヘッドランプおよびスチールラジアルタイヤが採用される(具体的にはセダン:SAE規格丸型4灯式→異形角型2灯式。2ドアハードトップ&3ドアクーペ&3ドアリフトバック:SAE規格角型2灯式→異形角型2灯式。ちなみにバンの場合はSAE規格丸型4灯式→同SAE規格角型2灯式。ワゴンは登場時からモデル末期までSAE規格角型2灯式)。さらにセダン系はリアコンビネーションランプも大型化される。
1982年には、カローラとしては初(しかも日本の大衆車としては初)のディーゼルエンジンが搭載された(1800cc、1C型)。モデル後期にはCMに伊武雅刀を起用。
4ドアセダン・3ドアリフトバック・2ドアハードトップモデルに2T-GEU搭載のGTが追加(カローラセダンおよび3ドアリフトバックとしては初の1600ccのDOHCエンジンを搭載)。特にセダン1600GTはラリーフィールドで活躍した。ちなみにFR時代のカローラセダンとしては最初で最後の2T-G搭載車だった。
[編集] 5代目(E80系、1983年-1987年)
1983年5月、5代目にモデルチェンジ。2/3ドアのクーペカローラレビンを除き、前輪駆動化される。後輪駆動で残されたカローラレビン(AE85/AE86)は、姉妹車であるスプリンタートレノと共に通称「ハチロク」と呼ばれ、ドリフト族等に人気を博した。現在でも漫画「頭文字D」などの影響で人気が高い。ステアリング形式は全車、ラック&ピニオンを採用。このE80系カローラ以降からはホイールハブのP.C.Dはカローラレビン以外はすべて100.0mmとなる(レビンは後輪駆動のためか114.3mmを継続)。しかしレビンとは対照的に日本国内では特に基本形となる4ドアセダンのスタイリングがあまりにも若々しすぎるために一部の年輩ユーザーは戸惑いを隠せなかったようである。
1985年5月のマイナーチェンジでは1300ccのガソリンエンジンがこれまでの2A-LU型からEP71系スターレットと共通の2E-LU型SOHC12バルブガソリンエンジンに換装され動力性能が若干向上した。
カローラFX(ハッチバックモデル)登場。国内グループAレースで活躍。シビックと死闘を繰り広げる。このFXの登場に伴い、4ドアセダンにも新たに4A-GE型エンジンを搭載した1600GTが追加(というよりも復活)される。 CMキャラクターは郷ひろみ(前期型、後期型共に)。最初はCMソングとして自身の「素敵に・シンデレラ・コンプレックス」(作詩・阿久悠、作曲・鈴木康博。CBSソニー(現・ソニー・ミュージックレコーズ内「ソニーレコーズ」レーベル))よりEP発売、現在も郷のベストCDに収録。)が使われていた。その後「素敵に・・NEWカローラ」のキャッチコピーの下、映画「アラビアのロレンス」のテーマ曲に合わせ、郷がアラビア衣装を身に纏い砂漠で佇むシーンがあった。また別バージョンで、雨の中で郷が同車を運転中、子犬が舞い込んでくるといったほのぼのとしたCMもあった。
後期型のキャッチコピーは「それ以上のNEWカローラ」。また後期型からは同クラスで初めて、後席センターアームレストをSE系に装備した。
[編集] 6代目(E90系、1987年-1991年)
1987年5月、モデルチェンジ。5ドアリフトバックは消滅。同年8月にワゴンをモデルチェンジ。同年10月にセダンに4WDが追加。典型的なキープコンセプトでのモデルチェンジだった。
好景気との相乗効果で大ヒットしたが、最上級グレードである「SEリミテッド」の内外装は、当時のマークIIクラスに肉迫する高級感と高い品質感が特徴で、装備面でも電動格納式リモコンドアミラー、ワンタッチパワーウィンドウや高級モケットシート、エレクトロニック・ディスプレイメーター、TEMSといったそれまでひとクラス上にしかなかった装備が数多く採用された(ただし、エアコンはまだ販売店装着のオプション扱いだった)。
キャッチコピーは前期型は「ニッポンの自動車の新しい物語が始まります」、後期型は「この国のセダン」。
エンジンは1500cc以上はすべてDOHC16バルブとされ、1300ccSOHC12バルブのキャブレター(2E型)、1500ccハイメカツインカムのキャブレター(5A-F型)とEFI(5A-FE型)、1600ccのハイメカツインカム(4A-F型)とスポーツツインカム(4A-GE型)を搭載。この他、1800ccディーゼルエンジン(1C-II型)が用意された。なお、1600ccハイメカツインカムは4WD専用とされた。1988年の一部改良ではセダンの1500SEリミテッド用のエンジンが5A-FE型に差し替えられる。
モデル後期の1989年には、1500cc及び1600ccエンジンがすべてEFI(電子制御燃料噴射)化され、1500ccにはごく一部のグレードに限りハイカムシャフトを採用し出力を若干向上させた5A-FHE型ハイメカツインカム(5A-FEの高性能版、最高出力は105馬力(ネット)。エンジンのカムカバー上には「16VALVE EFI・S」と表記。外見上では4A-GE型エンジン搭載車と同じくデュアルタイプのマフラーカッターが装備されていた)が設定されるとともに、2C-III型2000ccディーゼルエンジンを搭載する4WDモデルが追加された(こちらは同年9月に追加)。
また、このモデルからフルタイム4輪駆動モデルが設定されているが、搭載されるエンジンやトランスミッションごとにシステムが異なり、ガソリンエンジンのMT車にはメカニカル・デフロックつきフルタイム4WD、ガソリンエンジンのAT車には電子制御油圧式ハイマチック4WD、後期に追加されたディーゼルエンジン車(MTのみ設定)にはビスカスカップリング・センターディファレンシャル式のフルタイム4WDが搭載された。余談ではあるが4WD車用のコンポーネントの一部にAE85/86レビン(トレノ含む)用の燃料タンクや4リンク・リジット・コイル式のリアサスペンションが流用されていた(ただしホイールハブのP.C.Dは異なる)。
[編集] 7代目(E100系、1991年-1995年)
1991年6月、7代目にモデルチェンジ(ワゴンは同年9月にモデルチェンジ)。この代は歴代で一番大きなボディサイズとなった。キャッチフレーズは「大きな 愛のような カローラ」。発売当初のCMソングは、さだまさしの「奇跡-大きな愛のように-」。数ヶ月後には同じくさだまさしの「ありがとう」がCMソングとして起用された。
エンジンは、先代から搭載されている5A-FE型1500cc、4A-FE型1600cc(ハイメカツインカム)と4A-GE型1600cc(スポーツツインカム)、新開発の4E-FE型1300cc(前期型は100馬力、後期型は97馬力)を搭載。ディーゼル仕様は二輪駆動モデルも四輪駆動モデルも2C-III型2000ccに統一された。
100系カローラは時代がちょうどバブル景気の時で開発費にも余裕があり、重要回路に金メッキ端子を採用したり、亜鉛メッキなどを用いた防錆鋼板を大幅採用するなど内外装の品質感は非常に高かった。装備もこの当時(1991年当時)の大衆車としては過剰すぎるほどで、前期型の最上級グレード(1600SE-G)には運転席パワーシートが装備されていた(通称「バブル・カローラ」)。当然、当時の販売価格もカローラにしてはかなり割高なものだった。
1992年5月にはカローラセレスが追加された。全高の低い4ドアハードトップ。姉妹車はスプリンターマリノ。TRDから、セリカ(ST182型)に使われたトランスミッション、ドライブシャフト、および3S-GE型2000ccエンジンを搭載した特別仕様車「TRD2000」(セダンベース)、「TRDセレス2000」(セレスベース)が販売された。生産台数は大変少なく、TRD2000は12台、TRDセレス2000は2台との情報がある。
E110系登場後もワゴン、バン、セレスはE100系のまま生産が続けられ、セレスは1998年3月頃まで(後継車なし)、ワゴンは2000年7月頃まで(後に「カローラフィールダー」となる)、バンは後継車の「プロボックス」にバトンタッチされる2002年まで生産された。なお、バンのディーゼルエンジンは、1998年4月にE110系セダンのディーゼルエンジンが3C-E型2200ccに変更された時に、同時に3C-E型に変更されている。
1993年マイナーチェンジが行われた。グリル・バンパー・テールランプ・ホイールキャップの形状変更やシートクロスの柄が変更されるなどの変更を受ける。またSE-Gのデジタルメーターのオプション設定とパワーシートがコスト削減の流れで廃止される。またSEリミテッドにおいても価格が下げられた。しかしながらカローラ歴代史上最高(1990年代当時)とされる高い内外装の質感は変わらなかったため、1995年のモデルチェンジ時まで高い人気を維持して生産し続けられた。ツーリングワゴンは2000年8月、バンは2002年8月まで生産される。CMキャラクターは、イッセー尾形と東ちづる。
[編集] 8代目(E110系、1995年-2000年)
1995年5月15日、8代目の110系にモデルチェンジ。登場時のCMキャラクターはピーター・フォーク演じる「刑事コロンボ」。
好景気の後押しを受け車格を超えた装備と質感を追求し、販売価格も割高となっていた7代目とは一転し、バブル経済崩壊後の8代目は徹底したコスト削減と軽量化を実施した。基本構造は先代のE100を継承しているが、ボディデザインも抑揚ある複雑な曲線からの簡略化が図られた。品質感の大きな落ち込みが指摘され、要因として硬質プラスチックで覆われた内装および一部の普及グレードにおける機械(ガバナ)式スピードメーターの採用(但し、タコメーターを装備するグレード(SEサルーン系以上)はE100系とおなじ電気(パルス)式スピードメーター)、黒い素地色がむき出しの二分割バンパー、更にフレームなどの溶接がE100系ではスポット溶接を用いていたがE110系ではその一部にリベット溶接を採用し製造コストを大きく下げた点などにあるとされ(ただし亜鉛メッキなどを用いた防錆鋼板の使用比率はE100系と全く変わらず)、販売状況は壊滅的なものだった。そのため1996年5月の一部改良ではバンパーに塗装が施され、同時にABS・デュアルエアバッグを装備するなどの改良が施された。
1997年4月に比較的大規模なマイナーチェンジを行い(セダンの場合、最も変化が大きかったのはリア周辺のデザインだった)、通常のカラードバンパー、ソフトパッドに覆われたインストゥルメントパネルなどを用いて、再びE100系並のクオリティーを得る事となった。最上級グレードが「SEサルーンG」から「SEサルーンLセレクション」へと変更され、ブロンズガラスや木目調パネル、オートエアコンが標準装備された。同時に後席ヘッドレストを分割式に、ヘッドライトをマルチリフレクター式にするなどの安全装備も充実した。
また、廃止されていたスポーツグレードのGTが6速マニュアルを装備して復活し、E110系カローラの象徴的なグレードとなった。このGTは先代とは異なりDジェトロ方式を採用し、各気筒独立のスロットルの口径も拡大され1600ccながら出力は165psに達した。これに伴い「1.6 Sクルーズ」は廃止。また、1300cc4E-FE型エンジン車のマニュアルミッションが4MTから5MTに変更になる。4ドアセダンのボディのcd値は0.31(前期、後期共に)。
1998年4月の一部改良では、ディーゼル車がこれまでの2000ccから2200ccのEFIディーゼル(3C-E型、79ps)に換装された。
しばらく続いていた4年サイクルをこの代からやめることになり、2000年8月までの約5年間販売が続けられた。
[編集] 9代目(E120系、2000年-2006年)
2000年8月、9代目にモデルチェンジ。プラットフォームやエンジンが一新され、NZ、ZZ系エンジンが採用される。 通称NCV(New Century Value)シリーズと呼ばれる。フロントグリルのエンブレムも、それまでのカローラ(花冠)マークではなく、NCVを図案化したものに変わった(また、このNCVエンブレムはセダンのアシスタパッケージ(X系グレードをベースに装備を簡素化し、法人向けに特化したグレード。パワーウィンドー、電動リモコンドアミラー等はメーカーオプション扱い)にはフロントグリルに付けられていない。代わりにトヨタのCIエンブレムがフロントグリルに付けられている。これは海外仕様も同様にトヨタのCIエンブレムがフロントグリルに付けられている。海外仕様に関しては1990年代以降から)。また、一時はカローラの名前を廃止する計画もあったが、日本を代表する車名という事で残されることになった。
プラットフォームはV50系ビスタ用およびT230系セリカをベースに縮小化しE110系(ただし衝突安全ボディ「GOA」を採用した後期型)と比較し更なる軽量化を図り走行安定性向上のため、リヤサスが先代の独立懸架式(パラレルリンク式・ストラット)から固定車軸式トレーリングアーム(イータビーム、正確にはカップル・ド・リンク式)に変更された。全高はE110系セダンに対して90mmも高くなりホイールベースはT230系セリカと同じく2600mm(E100系およびE110系カローラと比較すると135mmも延長されている)にまで延長。尚、4輪駆動車用には前述のT230系セリカとほぼ共通したバイザッハ・アクスル方式のダブルウィッシュボーン式独立懸架が採用されている。スポーツモデル(セダンGT、カローラレビン)廃止と相まって、スポーツファンには少し寂しいモデルではある(スポーツモデルはフィールダーやランクスに引き継がれた)。カローラにとっては初のVSC(ビークル・スタビリティ・コントロール)やTRC(トラクション・コントロール)といった安全装備が採用された(ただしセダンの1.8ラグゼールのみ。メーカーオプション。2004年4月以降の後期型ではTRCが廃止)。セダンには1ZZ-FE型1800cc(FF車用は前期型のみ136ps、中期型、後期型は132ps、4輪駆動車用は前期型、中期型、後期型共に125ps)と1NZ-FE型1500cc(前期型のFF車用は110ps、中期型のFF車用は109ps、後期型はFF車の5MT車用は既存の1NZ-FE、109ps、4AT車用はローラー・ロッカーアームを採用した大幅改良版の1NZ-FE、110ps、4輪駆動車用は前期型、中期型、後期型共に105ps)、セダン専用の2NZ-FE型1300cc(前期型、中期型、後期型共に87ps)の3種類のエンジンが搭載され、フィールダーとランクスには前述3種類のエンジンに加え、2ZZ-GE型1800cc(前期型、中期型、後期型共に190ps)が搭載される。ちなみにガソリンエンジン全車、カムシャフトはタイミングチェーンによって駆動される(全車カムシャフトのチェーン駆動を採用するという点は3代目(E30系/E50系)以来26年ぶり)。4ドアセダンのボディのcd値(空力特性)は0.29。また、フィールダー、ランクスのcd値は共に0.30。
2001年10月の一部改良に伴い、セダンの1.8ラグゼールに本革シート(カローラ初)を標準装備した「1.8ラグゼール・プレミアムエディション」が追加された。同時に車体色も1色追加されている。
2002年9月に行われた最初のマイナーチェンジでは、エクステリアデザインおよびインテリアデザインの変更、セダン、フィールダー、ランクス全車のリアシートの中央部に新たにヘッドレストが装備された。
2004年4月に行われた2度目のマイナーチェンジではセダンとフィールダーは特にフロントノーズ周辺の造形が中期型までの丸みを帯びた造形から押し出しのある若干角ばった造形に刷新された(ランクスの場合はランクスの項を参照)。同時にインテリアデザインも大幅に刷新されている(これはランクスも同様)。またセダンの1.8ラグゼールにはE100系セダンの前期型の1600SE-G以来、パワーシートが再び採用された。
2004年4月のマイナーチェンジまでは、セダンとフィールダーに3C-E型2200ccディーゼルエンジン(既存の3C-E型の大幅改良版で、E120系用のガソリンエンジン同様(NZ型、ZZ型共に)に前方吸気、後方排気というレイアウトを採る。前期型、中期型共に79ps)も用意されていたが、日本国内の環境規制に対応できないため、日本国内仕様のラインナップからは外された。
3代目カローラの1977年1月のマイナーチェンジ以降(E50系)から2006年10月のフルモデルチェンジ直前までの9代目カローラまで(E120系)およそ30年間も親しまれてきたカローラの1300ccモデルはこのE120系(セダンのみ)が最後となった。また全グレードにSuper ECTを用いた電子制御4速ATの採用もこのE120系が最初で最後だった。
- CMキャラクター
[編集] ボディバリエーションの再編
E120系導入の際に、ボディバリエーションが大きく再編された。
- ワゴンモデルには「フィールダー」のサブネームがつくようになった。
- クーペのカローラレビン、商用モデルのカローラバン、および姉妹車であるスプリンターを廃止。
- カローラバンはカルディナバンと統合され、後継モデルとして「プロボックス」、「サクシード」となる。直系モデルはプロボックスバンである。
- E100系以来、日本国内での販売がなかったハッチバックモデルが、「ランクス」というサブネームをつけて再発売された。また、姉妹車としてネッツ店向けに「アレックス」が用意されており、実質的なスプリンターの後継車として位置づけられている。
[編集] 海外仕様車
- 欧州では3ドアハッチバックも販売されており、後年のWRCのベース車にもなった。また、当初はスパシオが欧州向け車名をカローラ・ヴァーソとして販売されていたが、現在は全幅やホイールベースを拡大した欧州専用の2代目ヴァーソにモデルチェンジされている。
- 北米ではセダンのみ販売されているが、前後のデザインが日本仕様や欧州仕様とは大きく異なる。余談ではあるが北米向けのE120系セダンには他国のE120系セダンにない2ZZ-GEエンジンを搭載したスポーツ系グレードが存在する(グレードは「XRS」。4速オートマチックだけでなくもちろん6速マニュアルトランスミッションも設定。)。
ちなみに、当初のイメージキャラクターはブラッド・ピットだった。
(参考リンク)
[編集] 派生車種
[編集] 10代目(E140系・2006年-)
2006年10月10日に発売。今回、セダンにはサブネームが付いた「カローラアクシオ」の新名称で一新。この「AXIO(アクシオ)」のネーミングは「品質」「価値」を意味するギリシア語「AXIA(アクシア)」に由来する。一方ワゴンは9代目に続き「フィールダー」の名称で展開される。なお「ランクス」の名称で展開してきたハッチバックは、後継車として新型欧州戦略車「オーリス」を導入することとなり、カローラランクスの車名は1代限りとなり、カローラから切り離され、カローラの派生車種にハッチバックが無くなった。またオーリスの販売はネッツ店単独となっている。
10代目のキャッチコピーは「新しい尺度。」、「今度のCOROLLAはよくしゃべる」。
なお、今回も欧州向けと国内向けとプラットフォームを2つ持つことになる。アクシオ(セダン)とフィールダー(ワゴン)は国内向け(アクシオは香港、シンガポール向けも含まれる)(E140系)、ハッチバック(オーリス)は欧州向け(E150系)となる。エンジンは1.5Lモデルの1NZ-FE型エンジン(今回からすべてローラーロッカーアーム式メカニズムに統一)が継続されるほかは1.8Lモデルには1ZZ-FE型エンジンに代わって新開発の2ZR-FE型(DUAL VVT-i対応、136馬力)ガソリンエンジンが新たに搭載された。またセダン専用の2NZ-FE型(1.3L)エンジンやフィールダーやランクス、アレックスに搭載されていたスポーツツインカム、2ZZ-GE型(1.8L)エンジンは廃止された。2ZZ-GE型エンジンが廃止された理由は恐らく今日の排出ガス規制をクリアする事が難しくなってきた為かと思われる。トランスミッションは全車CVT(1.8L車には7速のマニュアルモード付きが採用される)を採用。またE120系に引き続いて1.5Lモデルの2WD車に限りアクシオ、フィールダー共に5速マニュアルミッションも用意される。ちなみにアクシオは全車バックモニター機能付5.8インチ液晶ディスプレイ(メーカーオプションでHDDナビを装着した場合は6.5インチに拡大される)が標準装備された。アクシオ1.8ラグゼールαエディションのみ4WD車の設定はなし。
CMは先代から引き続き木村拓哉が出演(フィールダー)しており、新たに明石家さんま(アクシオ、フィールダー)や浅田美代子(アクシオ)、柄本明(フィールダー)も起用された。
[編集] 海外仕様車
- 2006年11月、中国・北京で開催されたオートチャイナ(北京国際モーターショー)にて世界初公開された。ボディタイプはセダンのみ。外寸は全長4540mm×全幅1760mm×全高1490mmで3ナンバーサイズとなる。デザインも日本仕様のアクシオとは大幅に異なり、フロントマスクはカムリ風となっている。中国仕様車は1.8L VVT-iエンジンを搭載する。
- また、欧州でも同年11月末から開催のヘルシンキモーターショーでデビューを果たす。欧州仕様車は2種類のガソリンエンジンと2種類のディーゼルエンジンを搭載する。なお、従来のカローラハッチバックの後継車種は欧州においてもオーリスを名乗り、カローラから独立した車種となる。
- 北米向けモデルは2008年に投入の予定である。
[編集] モータースポーツでの活動
- 古くはTE71型がラリー出場
- カローラWRCが世界ラリー選手権で活動した。1997年~1999年の2年間だけだったが、WRC活動最後の1999年にマニュファクチュアラーズチャンピオンを獲得。スバル・インプレッサWRCや三菱・ランサーエボリューションに比べ、絶対的なスピード面では一歩譲ったものの、アスファルト、グラベル、スノー・アイスなどどの路面でも安定した速さを見せた。特にハンドリングのよさ、マシンセッティングのしやすさは抜群で、いろいろなタイプのドライバーに好まれた強いラリーカーであった。
[編集] ダイハツでの生産
パブリカ、スターレットがメインでカローラは意外に少なく、1975年11月から1977年12月までH-KE26V、1984年9月から1987年7月までE70V系、E70G系、1987年6月から1991年9月はE9#系、1991年6月から2002年6月までE10#系が委託生産された。 また、カローラベースのシャルマンとしてダイハツで発売されていた。
[編集] 取扱販売店
当初はパブリカ店扱いであったが、1969年にパブリカ店がカローラ店に改称され現在に至る。なお、ディーゼル店でも併売されていたが、ディーゼル店の他系列への吸収により販売は終了した。
[編集] 関連項目
- トヨタ自動車
- トヨタ・スプリンター
- トヨタ・カローラレビン
- トヨタ・WiLL VS
- トヨタ・カローラフィールダー
- トヨタ・アレックス
- トヨタ・カローラランクス
- トヨタ・オーリス
- トヨタ・ブレード
- トヨタ・カローラスパシオ
- トヨタ・ヴォルツ
- トヨタカローラ店
- ネッツトヨタ店