京王3000系電車
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3000系電車(3000けいでんしゃ)は、1962年(昭和37年)から1991年(平成3年)にかけて東急車輛製造で製造された京王電鉄井の頭線用の通勤形電車。
最大で5両編成29本(145両)が在籍していたが、1000系の導入で順次廃車が進み、2006年4月現在はリニューアル工事済みの5両編成14本(70両)が在籍している。
車体はオールステンレス構造であるが、先頭車前面の一部にパステルカラー7色のFRP(繊維強化プラスチック)を使用したため、「ステンプラカー」の愛称がある。
2006年現在、京王電鉄の営業用車両で唯一のツーハンドル、電磁直通制動を装備する18.5m車体の片側3扉車両である。
目次 |
[編集] 性能・外観・車内
[編集] 特徴
- 車体長18mの3扉車、前面形状は2枚窓のいわゆる湘南形を採用した。
- オールステンレス車体は、日本国内の鉄道車両では東京急行電鉄7000系に続き2番目の採用である。
- 製造の難しいステンレス車で単調となりがちな前面にFRP(強化プラスチック)を用いた。これは日本では初めての試みであった。このFRP部分に着色し、編成毎に変えて変化を持たせた。これは7色の繰り返しだが、登場当初は色調の濃淡が一定していなかった。
[編集] 正面色一覧
第n編成は、nを7で割った余りに対応して、次の正面色を持つ。この規則は1000系にも引き継がれている。
1.ブルーグリーン |
2.アイボリー |
3.サーモンピンク |
4.ライトグリーン |
5.ラベンダー |
6.ベージュ |
0.スカイブルー |
[編集] 製造年による変化
[編集] 4両固定から5両固定へ
第15編成までは4両編成で登場したが、後に3100形を1両組み込んで5両化された。そのため編成中のこの車両のみ装備や性能が異なる場合がある。第16編成以降は5両編成で登場した。
[編集] 狭幅車体片開き3ドアと広幅車体両開き3ドア
客用扉は第1・2編成のみ片開きであったが、第3編成以降は両開きとなった。5両化に際して連結したデハ3100形は第3編成以降と同スタイルであり、第1・2編成では形態の異なる車両が1両挟まることとなった。
[編集] 冷房化
第13編成までは非冷房で登場し、第14・15編成が新製冷房車(試作冷房車)、第16編成以降が量産冷房車としてそれぞれ増備された。第1~13編成は1971年~1973年頃に冷房化され、同時期にデハ3100形(新製冷房車)を組み込んで5両化された。5両化と冷房改造は前後して進み、5両化が先で残る4両が後で冷房改造されたケースもあった。
改造冷房車の中間車は編成ごとに冷房改造後の室内の天井形態にも違いがある。先頭車は全て冷房吹き出し口とファンデリア(換気扇)の併用だが、中間車はファンデリアの代わりに補助送風機としてのラインデリアを装備したものがある。
[編集] 軽量構造化
第20編成以降は軽量ステンレス構造となり車体構造が一部異なるが、車体外板は従来通りのコルゲート仕様なので一見して分からない。変更点は室内ドアの隅柱などの工作や、化粧板の継ぎ目の押面の位置などである。外板のコルゲートの本数は1本少ないため、側窓下のコルゲート部までの隙間が大きい。後年、側窓とコルゲート部の間に側面帯を追加したが、第19編成まではコルゲートの上端2本に貼付した。
東急車輛での強度試験に車体を供出した3054号と、踏切事故により修繕した3758・3108・3058号の4両も同構造の車体がほぼ新製され、手摺り・側ドア・パイプ棚・冷房風洞は可能な限り再使用したが、3054号の風洞は新製車並み。第8編成では側ドアは破損した数枚以外は再使用したが、窓支持方式がHゴムの側ドアとデハ3100形用の押さえ金窓側ドア、破損不足分の第28・29編成と同等の新製ドアが復旧の際にランダムに取り付けられた。従って1両の中に複数の形態のドアが混在する。これらの車両にも窓下に帯を追加したが、連結相手に合わせてコルゲート上に貼付しており、帯の位置が低い点が完全新造車と異なる。
[編集] 制御・制動方式
全編成とも電磁直通空気制動を装備するが、以下の点で異なる。
[編集] 第1~9編成
[編集] 第10~15編成
登場当時は抵抗制御・回生制動だったが、1985年頃に界磁チョッパ制御に改造した。
[編集] その他
5両化用のデハ3100形と第16編成以降は界磁チョッパ制御・回生制動。
[編集] 各編成の概要
[編集] 第1・2編成
1962年度に投入した18m片側3扉車。扉は1,200mmの片開き扉。主電動機の出力は100kW。発電制動、強制通風式抵抗器、窓割などは旧1000系と同様で、車体幅も以後の編成より狭い。MT比2M2Tの4両編成で登場し、後に広幅のデハ3100形を組み込んで5両化した。M車(電動車)・T車(付随車)ともパイオニア形台車(PIII-703)を装着していたが、M車用PIII-703はTS-801Aに交換された。第1編成と第2編成では正面の手摺りの配置が一部異なり、第2編成の手摺りの配置は後の第3編成以降に踏襲される。井の頭線が3000系に統一された1984年頃からは平日朝ラッシュ時のみに限定使用したが、1996年(平成8年)に廃車された。運用終了時には先頭車の前面に投入年を記載したヘッドマークを装着して運転した。
- 冷房装置
2編成とも非冷房で登場し、改造により冷房装置を搭載するとともに新製冷房車のデハ3100形を挟んで5両編成となる。先頭車が集約分散式(4台/両)で、中間車が集中式(1台/両)となっている。
[編集] 第3~9編成
1963年度から投入した車体長18.5mの片側3扉車。扉は先に投入された第1・2編成より幅が100mm広い1,300mmの両開き扉となり、以後はこの仕様で新製した。主電動機の出力は100kW。発電制動式。M車・T車ともパイオニア形台車(PIII-703)を装着していたが、後にM車用PIII-703はTS-801Aに交換され、1985年以降はTc車(制御車)もTS-821Aに交換した。1996年から1998年(平成10年)にかけて廃車された。
- 冷房装置
第1・2編成と同様である。
[編集] 第10~13編成
1967年(昭和42年)度に投入した。主電動機の出力は120kW。回生制動を採用した。台車はM車はTS-801を、T車は第1~9編成から捻出されたPIII-703を改造して使用した。Tc車は1985年以降にTS-821Aに交換された。このグループの第13編成と後述の第14・15編成は延命のため車内のみ簡易更新工事を1998年度に実施したが、2000年(平成12年)に第10編成が、2003年(平成15年)に第11編成が、2004年(平成16年)に第12・13編成がそれぞれ廃車となった。
- 冷房装置
第1・2編成および第3~9編成と同様である。
[編集] 第14・15編成
1969年(昭和44年)度に投入した。4両で新製された最後のグループである。扉と主電動機の出力、台車などは第10~13編成と同じである。このグループ以後は新製時から冷房装置を搭載する。。2004年3月に第15編成が、2004年11月第14編成がそれぞれ廃車となり、これをもって(前面が普通鋼にリニューアル改造されていない)「ステンプラカー」は消滅した。
- 冷房装置
当初の4両は6台/両の集約分散式だったが、後から組み込んだデハ3114・3115号は集中式1台搭載となっている。
[編集] 第16~19編成
1975年(昭和50年)度から投入した。扉と主電動機の出力、台車などは第10~15編成と同じである。このグループより5両編成で新製される。第19編成では初めて側面行先表示器が設置された。
- 冷房装置
第16・17編成は先頭車が集約分散式、中間車が集中式だが、第18編成から全車集中式を搭載する。
[編集] 第20~29編成
第20~27編成は1983年(昭和58年)度から1984年(昭和59年)度までにいわゆる「グリーン車」を置き換えるために、第28・29編成は1987年(昭和62年)度に列車増発のためにそれぞれ投入した。扉と主電動機の出力などは第10~19編成と同一。台車はM車がTS-801B、T車がTS-821。事故廃車が発生したため1991年に同一番号でクハ3722号の1両を新製した。
- 冷房装置
全車集中式を搭載し、冷房装置カバーはステンレス製となった。
[編集] その他の変化
[編集] 雨樋の設置
第1~15編成には水切りのみで雨樋がないが、第16~19編成には水切りと雨樋を装備する。第20編成以降では車体構造の変更に伴い水切りがなくなり、雨樋のみになる。
[編集] 行先表示の変遷
井の頭線伝統の隷書体・縦書きの手動式正面方向幕を装備し、通常時は始終着駅併記であった。1979年の第19編成以降は電動式となり、前述したように側面にも方向幕を設置した。この電動式方向幕では正面は終着駅名のみの表記になったが、一部編成の急行のみ両端駅併記が表示された時期があった。1982年~1986年にかけて第3~15編成にも改造で側面方向幕の設置および正面の電動化が行われた。1988年のダイヤ改正後は、急行と各停の種別変更が吉祥寺駅で頻繁に行われるようになったため、後に急行・回送表示板を廃止し正面幕を急行表示入りのゴシック体横書きに改めた。この時点では各停は正面も側面も行先のみ表示した。その結果第28,29編成の縦書き表示は短期間にとどまった。2002年頃に正面・側面とも「各停」表示を追加した。第1・2編成は廃車になるまで側面幕は設置されなかったが、正面幕はその他の編成と同様のデザインに変化していた。
[編集] 装飾関係
登場当時は編成毎のテーマカラーが先頭車前面だけであったが、後年は側面の窓下に帯を追加した。その後のKEIOマーク制定後には先頭車の端の窓上にマークを貼付し、さらに2002年頃に前面にも貼付した。
[編集] 運用
- 系列による区別はなく、1000系と共通で運用するが、駅での旅客案内の都合上、ある程度はどの列車にどちらを充当するかは決まっている。また、渋谷駅と吉祥寺駅では足元の緑色の乗車位置目標が、その他の駅では緑色の3扉車乗車位置が3000系となっている。
- 1000系の登場時に空転が多かったため、雨天時の運用には優先的に3000系を投入していた事がある。
[編集] リニューアル改造
第16編成以降は、1000系の投入に併せてリニューアル工事が実施された。施工第1号は第17編成で、1000系投入より半年程早く登場した。
抵抗制御の第1~9編成が運用終了した頃、第13~15編成も延命化のために追加として車内の簡易改造工事(化粧板と床の張り替え)が行われた。第11・12編成は座席のモケット張り替えのみ、第10編成は廃車まで原型の配色の車内を保っていた。
[編集] 正面
[編集] 側面
- 正面のカラーマスクの色に合わせたラインは2色化された。
- 連結部に転落防止幌を設置した。第16編成以降は縦どいに貼り付けるように一般的な形状のものを設置。屋上昇降用ステップを廃し、妻面に梯子を追加。第10~15編成では雨樋がないため、ステップ兼用の外幌は互い違いに噛み合わさる形状のものを設置。
[編集] 車内
- 座席はえんじ色のシートから1000系に準じたピンク色のバケットシートに変更した。
- 壁面化粧板はオレンジ色から明るい白色へ、床材も張り替えた。化粧板及び床の模様は1000系と同じものを採用する。
[編集] 譲渡
廃車となった車両のうち、一部は以下の地方私鉄に譲渡されている。
石川線(7700系)
この他、廃車により発生した冷房装置、パンタグラフ、側面方向幕装置の一部が高松琴平電気鉄道で使用されている。
[編集] 関連商品
Nゲージ鉄道模型としてグリーンマックスからキットを販売している。また、Bトレインショーティーでも製品化している。
京王電鉄(京王帝都電鉄)の電車 |
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現用車両 |
京王線系統:9000系・8000系・7000系・6000系 |
井の頭線系統:1000系II・3000系 |
過去の車両 |
京王線系統:5000系・2010系・2000系II・2700系・2600系・1710系 京王電軌・玉南引継車:2502形・2501形・2500形・2400形・2300形・2200形・2150形・2125形・2110形・2000形I・220系 |
井の頭線系統:1000系I・1900系・1800系・1760系・1700系・1660系・1560系・1500系・1400系・1300系・1250系・1200系 |
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